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くちびる同盟  作者: 風見 十理
序章 ファースト・キス
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6.くちびる同盟



「うちは()の下な下級貴族で、貧乏で、どうしてまだ子爵なのか不思議なくらいなんですよ。対してシトロニエ様は、王太子殿下に仕えて王家の覚えがめでたい、わたしの家とは逆にどうしてまだ伯爵なのか不思議な家の方ですよ。身分が違いすぎます!」


 事実ではあるが、実際に自らが言うと虚しくなる。それでも声を張り上げて言ったマリーの言葉は、しかしデジレにはあまり意味がなかった。


「身分なんてたいしたことありません」


「あります! もう、そんなこと言える事自体が身分が高い証拠です!」


「身分が高かろうと、責任も取れないなど男として……」


「別に、責任なんて取らなくていいです!」


 どんよりと自己嫌悪に(おちい)っているデジレに、マリーは投げやりに叫びたくなった。

 もうこの件は早くお開きにして帰ってほしい。

 マリーはどすんとソファーに座りなおすと、デジレから顔を逸らした。


「別に、き、キスなんてたいしたことありませんでしたし」


 散々気にしたことを押し隠した言葉は、予想以上に震えた。しかし、マリーは気丈に聞こえるよう言い切る。


「経験が豊富なのですね」


「はじめてでしたけど!」


「え」


 この男は淑女がそう何回もキスするものと思っているのか!

 怒りについ見てしまったデジレの顔は真っ青で、また大丈夫かと気を回し掛けたが、マリーは無理に視線を外した。

 思い出したくはないが、昨日の記憶を掘り起こして、マリーは必死に言う。


「思ってたより、味気ないっていうか。無味無臭でしたし」


「無味無臭……」


「キスしてるっぽい、しっとりなんて感じませんでした。何かかさついてる柔らかいものが触れたなって感じで」


「か、かさついている……!」


「全然、キスしたって感じじゃなかったので、気にしないでください」


 これでどうだ、と横目で窺ったデジレは、自分の唇に手を当てている。なにやら思案顔だ。


「いえ。この行為を貴女が気にする気にしないに関わらず、そもそも人前で行ってしまったことによる貴女への風評被害に対して、責任を取らなくてはなりません」


「だから、別に責任取らなくていいですって」


「本日はその為に来たので。先程、この行為による貴女の不利益もお聞きしましたから、なんとしてでも」


「なんでそんなに、責任を取りたがるんですか。被害者のわたしが別にいいって言ってるのに!」


()が自分を許せない!」


 大きな声に、マリーが肩を跳ねさせる。

 一瞬きつくまなじりを上げたのをすぐに戻して、デジレはきまりが悪そうな顔をみせた。

 なぜいきなり怒鳴るのか。怒鳴りたいのはこちらの方だ。

 マリーはこの、綺麗だがよくわからない男に、不満が溜まってきていた。


「じゃあ、聞きますけど。シトロニエ様はキスした全員と責任とって結婚するんですか?」


 我ながらなかなかに嫌味たらしく言えたものだ、とマリーは思う。

 この国は一夫一妻制で、キスした相手複数人と結婚なんて不可能だ。愛人ならできないこともないかもしれないが、この短時間でよくわかる真面目なデジレは、そんなことができるはずがない。


「……そうかもしれない」


「え?」


 言葉に詰まるだろうと考えていたのに、デジレから返事がきてマリーは耳を疑った。

 向けられた目は、今までの弱々しさがどこに行ってしまったのか、強い光が宿るエメラルド。


「そうなるかもしれない。だが、そうなるわけにはいかない」


 怒っているのか、すごんでいるのか、迫力のある眼に射すくめられてマリーは動けない。


「貴女は身の丈にあった男性を探す為に、夜会に行くと言っていたな。だったら俺が、貴女に合う男性を見繕う」


「え?」


「相手は、そうだな。先程言っていた味気があり、しっとりしている唇を持った、貴女がキスしたくなるような人物。これで」


「あの」


「幸いにも俺は男性貴族についてならほぼ網羅している。十分に相手を紹介できるはずだ。その代わり」


 デジレの金糸の髪が白く煌めいて色味を増す。勢い故か、今までより一際輝く端麗な容姿に、マリーは息が詰まりそうになる。

 昨日触れたらしい、整った唇に目がいく。


「俺の唇を、守ってほしい」


「は、はあ?」


 マリーは()頓狂(とんきょう)な声を上げた。


「周りからキスされないようにして欲しい。いっそ、危なければ貴女が奪ってくれれば。一度も二度も同じだ!」


「同じじゃないです!」


 なにを言っているんだこの人。

 真剣にマリーは思った。

 一方のデジレは、真顔で勢いを止めない。


「これで、俺が責任を一方的に取るわけでなく、お互い協力関係になるから、とやかく言われることはないはずだ。なんなら、俺が貴女の唇を守ってもいいし、貴女が俺の相手を見繕ってくれてもいい」


 そうだ、と呟いて、デジレが顎に手を添える。


「協力関係ならわかりやすく名称をつけた方がいいか。協力……同盟。キス同盟…………いや、くちびる同盟!」


「くちびる、同盟?」


 なんだそれはと疑問を抱く前に、聞き慣れない言葉を繰り返してしまう。

 デジレが深く頷く。


「そう、くちびる同盟。今日から、貴女と俺は盟友だ」


 デジレが手を差し出す。

 マリーは、頭の中が疑問符だらけでよくわからない。しかしとにかくこの場を終わらせたくて、そんなに不利なこともないだろうと、おそるおそる自分の手を差し出す。

 ぎゅっと大きな手に握られたその瞬間。


 ここに、くちびる同盟が締結された。



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