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くちびる同盟  作者: 風見 十理
四章 近付くくちびる
59/139

59.恋と気持ち





「デジレ様を好きになった?」


 ルージュの聞き返しに、マリーはもじもじしながらも小声で肯定した。


 デジレから逃げるように邸に入ったマリーは、自分の部屋に駆け込んだ。リディが驚いて何かを言っていたが、無視して部屋のベッドに顔から飛び込んだ。

 走った以上に、胸がばくばくと鳴る。何かくすぐったいものが急に全身に広がって、マリーは堪らずすぐにベッドから立ち上がった。一緒にベッドに飛び込んでしまったデジレに買ってもらったものを机に置く。小箱からちらりとハンドクリームが覗いているのを見つけると、また立っていられなくなってベッドに体を埋めた。

 ひたすらその繰り返しで落ち着かず、目的もわからないのにはやる心に翻弄(ほんろう)されて、マリーは自分が自分でないような気分だった。

 動いていなければ、買い物時のデジレの姿が何度も何度も思い浮かぶ。叫び声が出そうなほど心がむず痒くそわそわして、翌日連絡もせずにルージュの邸に駆け込んで、今に至る。


「それで?」


「それで……その、どうすればいいかなって」


「いつも通りでいいんじゃない?」


 ルージュはいつもの冷静な顔に手を添えて、マリーを見る。


「デジレ様に貰ったドレスを着て、デジレ様から贈られた口紅塗って、デジレ様に迎えに来てもらって夜会に行けばいいのよ。そこで二人して仲良く話して、片時も離れず楽しそうに笑って、二人だけの空間作って、嬉しそうに」


「ああああ! ちょっと待って!」


「ぎゅっとデジレ様の腕握ってね。この間なんてお互い唇触りあってたわよね、なにあれ。マリーを気にかけた男性をデジレ様が片っ端から倒してるって話まであったっけ。さらにはマリーが怪我してデジレ様に抱き上げられてたって目撃証言あるし、マリーが怪我したらデジレ様も一切夜会でないし」


「も、もう本当にやめて……」


「昨日デジレ様と一緒に化粧品買いに行った? それデートでしょ! 夜会でさんざんいちゃついてるのに飽き足らず、昼まで一緒にいたいの!」


 マリーは両手で顔を覆い、自分の膝に突っ伏した。

 恥ずかしさに顔がとんでもなく熱い。今までなにも思わずにしていたことをいざ言葉にして並べ立てられると、羞恥に身が焦げそうだ。


「わ、わたし……今までどんな顔でいたのかな……」


 苦悩しながら絞り出したマリーの言葉に、ルージュは微笑んだ。


「マリーは、すごく楽しそうだったわ」


「たのしそう……」


「そう。デジレ様といて、本当に楽しそうだった。デジレ様も楽しそうで、見ていていかにも仲が良いんだなってわかったから、私はよかったって思ってたの」


 優しい友人の笑みに、マリーはそっと顔から手を離して彼女を見た。ルージュはふっとまた笑う。


「そんな感じだったから、デジレ様との噂だってすっかり広まりきって薄まったし、いつ二人がくっつくかって()けがはじまったのよ」


「えっ、賭け?」


「肝心の本人が今頃気付いたんじゃ、私の一人勝ちかしら?」


 ルージュも賭けたのかとマリーは驚く。当の本人は気にした様子もなく紅茶を優雅に飲む。


「まあね、いつかはマリーがデジレ様を好きになると思っていたわよ」


「え、なんで?」


「最初はなんだかやけに嫌っていたけどね。ものすごく格好良くて、地位も高くて、文武両道で有能、ちょっと抜けてるけどマリーのことをしっかり考えてくれて、真面目で誠実で、優しいんでしょ? 全部マリーが言ってたこと。こんな人が傍にいてくれて、好きにならない方がおかしいんじゃない?」


 その通りで、マリーは黙った。

 ちょっとずつ知っていったデジレはルージュの言う通りで、改めて聞けば恋愛対象として完璧に聞こえた。マリーの脳裏に彼が浮かぶ。

 でも、デジレの自分の思いをてらいなく伝えるところや、思い付いたらすぐに行動するところ、飾らずに素直なところなどまっすぐな気性が抜けている。真面目すぎて責任感も強すぎるけれど、責任を取るとしても嫌な顔を一切しない。そのくせしてよくわからない矜持(きょうじ)があるのか、ある感情や行動を指摘すると恥ずかしがって照れる。そんなところだって魅力だ。

 つらつら考えたマリーははっとして、首を振った。


「でも。デジレ様じゃ無理だよ」


「どうして? 身分?」


「それももちろんそうだけど」


 ふと気を抜けば、どきどきとして恋にのぼせる自分が心の大部分を占めそうで、マリーはぎゅっと口に力を入れた。


「わたし、恋愛したことないから、恋愛小説がお手本だったから。好きって伝えたら、同じ好きを返して欲しいの」


 膝上で握る手にも、力を込める。


「そしてね、お互い気持ちが通じてお互いが好きで、恋人とか、婚約者とか、そういう関係になりたい。とっても夢物語みたいな、甘いこと言ってるってわかってる」


 現実は現実で、理想は理想と知っている。もうずっと夢を見ていられる年齢ではないのはわかっている。それでも、経験が足りないマリーの中には、やはり叶えたい理想があった。


「デジレ様がわたしを連れて夜会に出るのって、わたしの相手探し。それは、わたしがデジレ様の責任感からの求婚をばっさり断ったから、じゃあ違う人をって別の責任の取り方に変わったの。だから、相手探しの相手の中に、デジレ様はいない」


 だからデジレは一生懸命にマリーの為にいろいろ動いてくれた。そこに惹かれたのかもしれないけれど。


「例えば今、わたしがデジレ様に好きですって言っても、そう気付かれても、きっとじゃあ結婚しましょうかってなっちゃう。だって今、あのキスの責任を取っている最中だし、デジレ様って最初っから結婚してくれって言ってきたし。でも、そんな責任感で返されるの、嫌だ」


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