47.彼との秘密
改めて彼が注目するオーギュストを見てみる。
彼は誰かと話しているようだ。その姿は、この場で王太子は誰かと聞かれても、すぐに彼だと答えられる際立つ雰囲気を纏っている。マリーが話しかけるなどおこがましい。遠くから眺めているだけでも畏れ多い程だ。
いや、それが正しい。マリーと天上人とまで言われる人達の差は、本来そうあるはずだ。しかし何故かその一人が隣にいて、もう一人は仲良くしてくれている。王太子とは話すことはないだろうが、やはりマリーの立場はおかしい。
もしかすると、彼らはその容姿だけが美しいのではなく、末端の貴族に気をかけてくれる程、心も美しいのかもしれない。
「そういえば、王太子殿下はローズ様がお好きって本当ですか?」
何気なく出た言葉だった。
途端、マリーをまともに振り返りもしなかったデジレが、素早く彼女に顔を向けた。彼は、信じられないものを見たという表情で、目を大きく見開いている。
何かまずいことでも言ったかと後退りしようとしたマリーの手を、彼が強く掴む。
「こちらへ」
無感情の強い口調でデジレがそう言うと、彼はそのままマリーを引いて、大股で会場を後にした。
気遣いを絶やさないデジレにしては珍しく、マリーのペースを無視して、ずんずんと外を歩く。マリーはついていくのに必死だった。
同時に何がいけなかったのか、考える。どうやら怒っているらしいが、デジレの話題はしていない。彼の幼馴染であるオーギュストとマリーローズについて、何があったのだろうか。
ぐるぐると頭の中で考えていると、デジレが足を止めた。周りには誰も見当たらない、庭の奥らしい。
彼は周囲を確認して、マリーの肩を両手で掴んだ。少し強い力に驚いて彼を見ると、真剣な表情だ。しかしそれはいつもの真面目顔ではなく、詰問するような、強い顔付きだった。
「あれは、一体どこで聞いたんだ」
「え?」
「先程聞いてきた、あの質問。どこで知ったのか、聞いているんだ」
ゆっくりとした口調なのに、エメラルドの目は逃がさないというかのように強く光っている。
マリーは言葉に詰まった。オーギュストがマリーローズを好きかもしれないという噂は、ルージュから聞いたものだ。ただ、デジレの様子を見ると、今それを素直に言えば、ルージュがなにかひどい目に合うのではないかという不安が生まれる。
「……噂で」
「噂?」
唖然としたデジレが、マリーから手を離す。衝撃を受けたと、彼の抜けた顔が物語る。
「……もしかして、本当なんですか?」
聞いてみれば、デジレはぴくりと反応して、気まずげな目をマリーに向ける。彼女は確信した。
「本当、嘘が苦手ですね」
「……う」
デジレが顔を片手で覆う。深く息をはいて、目線をさまよわせた後、脱力する。
「気付かれたなんて、失態だ。でも、マリー嬢なら、大丈夫か……」
ぼそぼそと呟く彼は、意を決したように顔を上げた。マリーを、ひたむきな目が射抜く。
「この話は、殿下から私にだけ秘密だと教えてもらったことだ。だから、マリー嬢も決して誰にも伝えないでほしい」
「はあ、それはいいですけど。そもそもわたしは噂として聞いたので……」
「そうだ、噂なんて、どうしてここまで正確に広がるんだ。私は他の誰かに伝えたことなんてないのに」
悔しそうに、それでいて真面目な様子でデジレが唸る。
そもそも噂なんていろんなものがあるもので、数あれば事実と同じこともあるのではないか。そうマリーは思うが、目の前の彼はそうは思わないらしい。
「その噂が本当だとしたら、どうして王太子殿下はローズ様と婚約とかしないんですか? だって、しようと思えばできる立場ですよね?」
「殿下は無理強いしたくないらしい。できれば……マリーローズも、同じ想いを持ってほしいと」
意外とロマンチストだと、太陽のようなオーギュストを頭に思い浮かべながらマリーは思う。マリーが確認した限りでは、残念ながらマリーローズはオーギュストを好きと考えたこともなかったようだが。
デジレはマリーにはこの件について全て伝えるらしい。決心したように、言葉を続ける。
「ただ、乗り越えなければならない壁があるとのことで、苦心されている。なにがお手伝いができればと」
「すごいですね」
マリーには仕える主人などいない。だからこそ、デジレの忠誠心というものが立派なものに感じる。
「あ、でも、大切な人に幸せになってほしいっていうのは、誰でも思うことですね」
マリーが柔らかく笑う。つられてデジレも頰を緩め、頷いた。




