表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
くちびる同盟  作者: 風見 十理
三章  瞳を閉じて
47/139

47.彼との秘密

 


 改めて彼が注目するオーギュストを見てみる。

 彼は誰かと話しているようだ。その姿は、この場で王太子は誰かと聞かれても、すぐに彼だと答えられる際立つ雰囲気を纏っている。マリーが話しかけるなどおこがましい。遠くから眺めているだけでも畏れ多い程だ。

 いや、それが正しい。マリーと天上人とまで言われる人達の差は、本来そうあるはずだ。しかし何故かその一人が隣にいて、もう一人は仲良くしてくれている。王太子とは話すことはないだろうが、やはりマリーの立場はおかしい。

 もしかすると、彼らはその容姿だけが美しいのではなく、末端の貴族に気をかけてくれる程、心も美しいのかもしれない。


「そういえば、王太子殿下はローズ様がお好きって本当ですか?」


 何気なく出た言葉だった。

 途端、マリーをまともに振り返りもしなかったデジレが、素早く彼女に顔を向けた。彼は、信じられないものを見たという表情で、目を大きく見開いている。

 何かまずいことでも言ったかと後退りしようとしたマリーの手を、彼が強く掴む。


「こちらへ」


 無感情の強い口調でデジレがそう言うと、彼はそのままマリーを引いて、大股で会場を後にした。






 気遣いを絶やさないデジレにしては珍しく、マリーのペースを無視して、ずんずんと外を歩く。マリーはついていくのに必死だった。

 同時に何がいけなかったのか、考える。どうやら怒っているらしいが、デジレの話題はしていない。彼の幼馴染であるオーギュストとマリーローズについて、何があったのだろうか。

 ぐるぐると頭の中で考えていると、デジレが足を止めた。周りには誰も見当たらない、庭の奥らしい。

 彼は周囲を確認して、マリーの肩を両手で掴んだ。少し強い力に驚いて彼を見ると、真剣な表情だ。しかしそれはいつもの真面目顔ではなく、詰問するような、強い顔付きだった。


「あれは、一体どこで聞いたんだ」


「え?」


「先程聞いてきた、あの質問。どこで知ったのか、聞いているんだ」


 ゆっくりとした口調なのに、エメラルドの目は逃がさないというかのように強く光っている。

 マリーは言葉に詰まった。オーギュストがマリーローズを好きかもしれないという噂は、ルージュから聞いたものだ。ただ、デジレの様子を見ると、今それを素直に言えば、ルージュがなにかひどい目に合うのではないかという不安が生まれる。


「……噂で」


「噂?」


 唖然としたデジレが、マリーから手を離す。衝撃を受けたと、彼の抜けた顔が物語る。


「……もしかして、本当なんですか?」


 聞いてみれば、デジレはぴくりと反応して、気まずげな目をマリーに向ける。彼女は確信した。


「本当、嘘が苦手ですね」


「……う」


 デジレが顔を片手で覆う。深く息をはいて、目線をさまよわせた後、脱力する。


「気付かれたなんて、失態だ。でも、マリー嬢なら、大丈夫か……」


 ぼそぼそと呟く彼は、意を決したように顔を上げた。マリーを、ひたむきな目が射抜く。


「この話は、殿下から私にだけ秘密だと教えてもらったことだ。だから、マリー嬢も決して誰にも伝えないでほしい」


「はあ、それはいいですけど。そもそもわたしは噂として聞いたので……」


「そうだ、噂なんて、どうしてここまで正確に広がるんだ。私は他の誰かに伝えたことなんてないのに」


 悔しそうに、それでいて真面目な様子でデジレが唸る。

 そもそも噂なんていろんなものがあるもので、数あれば事実と同じこともあるのではないか。そうマリーは思うが、目の前の彼はそうは思わないらしい。


「その噂が本当だとしたら、どうして王太子殿下はローズ様と婚約とかしないんですか? だって、しようと思えばできる立場ですよね?」


「殿下は無理強いしたくないらしい。できれば……マリーローズも、同じ想いを持ってほしいと」


 意外とロマンチストだと、太陽のようなオーギュストを頭に思い浮かべながらマリーは思う。マリーが確認した限りでは、残念ながらマリーローズはオーギュストを好きと考えたこともなかったようだが。

 デジレはマリーにはこの件について全て伝えるらしい。決心したように、言葉を続ける。


「ただ、乗り越えなければならない壁があるとのことで、苦心されている。なにがお手伝いができればと」


「すごいですね」


 マリーには仕える主人などいない。だからこそ、デジレの忠誠心というものが立派なものに感じる。


「あ、でも、大切な人に幸せになってほしいっていうのは、誰でも思うことですね」


 マリーが柔らかく笑う。つられてデジレも頰を緩め、頷いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ