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くちびる同盟  作者: 風見 十理
三章  瞳を閉じて
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46.魅惑の唇

 


「で、でも! 宝石とか立派なお花とか、そういう綺麗なものに例えられる方が、褒められていていいじゃないですか。わたしなんてその辺に生えてる野花ですよ!」


 マリーは照れ隠しに卑下するも、デジレは綺麗な目を柔らかく細めてそんな彼女を見る。


「マリー嬢は、皆が綺麗というものではないと、綺麗と思わない? 道端に生えている花だって、十分に綺麗だ。ただ、気付く人が少ないだけだ」


「え」


「道端の野薔薇に気付く人は、きっとしっかりマリー嬢自身を見てくれるよ。貴女はとても魅力的で、可愛いと思う」


 おかしい。

 マリーはどきどきうるさい胸元を掴む。

 今の彼の言い方だと、デジレがマリー自身を見て好感を抱いているように聞こえる。彼が大多数に惑わされず、マリーを綺麗と、可愛いと思っているようにも聞こえる。

 きっと思ったことを何も考えずそのまま言っているのだと自分に言い聞かせても、結局そう思っているのは違いないじゃないかと自分から指摘が入る。

 この『白金の貴公子』め!

 マリーは高鳴る心の中で悪態をついて、顔をデジレから背けた。もはや自分の顔がどうなっているかなど、わからなくなっていた。


「最近は女性が苦手と思っていたことも、皆が同じようにしている評価につられて、一部の女性だけから判断してしまっていたのかもしれないと思うようになった。他の女性を見ていないくせに、きっと同じなんだろうと思っていた」


 ぱたぱたと手を振って顔の熱を冷ましていたマリーは、彼の言葉に驚いて再び整った横顔に目を向ける。

 マリーもデジレの相手探しを手伝っていたが、彼の令嬢への興味のなさに頭を悩ませていた。

 男性貴族は詳しいので、誰それの娘や姉妹と言えば存在は知っているものの、名前は一切知らず、覚えられない。挙句令嬢は皆顔が同じに見えると言われた時には、マリーは匙を投げたくなった。

 そんな彼が、女性に対し反省と前向きと取れる発言をした。大進歩だ。 


「もしかして、気になる人いました?」


「いや、全然」


 顔も動かさずにきっぱりと言われて、マリーは肩を落とした。

 デジレも今までこれといった人を見つけている感じは全くしない。二人して何をしに来ているのだろうと思わないでもなかった。

 それでもマリーは以前のように邸に篭っているよりは、こうして夜会に参加していた方がおもしろいと感じてきていた。

 改めて会場を見渡していると、にわかに場が騒ついた。皆が注目している場所に、マリーも目を向ける。


「ああ、お出ましだ」


 デジレの言葉を聞くと同時に、金髪が目に付いた。

 深く濃い金色は、光を受けて輝く。すらりとして人波の中でも目立つ背、遠目から見てもあふれ出る気品、どこにいても彼は目を引いて、マリーはまるで太陽のようだと思った。


「あちらが、オーギュスト王太子殿下だよ」


 デジレが自慢げに言う。

 人混みを歩くオーギュストが、マリーには人々の間からちらりと見える。

 目を凝らせば、綺麗なかんばせが見える。デジレよりも柔らかいようでいて、強い意志を感じさせるその顔は、最上級であると言っても過言ではない。目の色は濃くてわからないと思っていると、光に照らされ深いアメジストの色がきらりと輝く。

 感心しながら、マリーはそのまま彼の唇に視線を移した。

 一番に目につくのは、ぽってりとした下唇だ。下に影ができるほどしっかりとした厚さの唇は、それだけで色っぽい。添えられる上唇もきつすぎないなだらかな輪郭に相応の厚さで、上下でますます色気が増している。


「すごい……」


 口の線は口角でくいっと上がっていて、常に微笑んでいるかのように見えるバランス。その表面といえば、しっかりと水分をたたえ、弾力がありそうな柔らかい浅い緋色。滑らかさと艶は見ればすぐにわかる。

 完璧だった。


「デジレ様……殿下のくちびるは、まさに魅惑のくちびるですよ!」


「え、魅惑?」


 デジレが慌ててオーギュストを見る。唇を見ようと窺うその顔は、真剣だった。


「さすが、この国の王太子様ですね。くちびるがこんなに完璧なんて!」


 マリーの心の中は、オーギュストへの賛美でと喝采でいっぱいだった。素晴らしいものをお持ちだ、と惚れ惚れと見とれてしまう。


「……幼少の頃より長年お仕えしてきたけれど、そんな風に殿下を見たことがなかった」


「それが普通だと思います」


 愕然として呟くデジレに、マリーは少しおかしくなった。

 しかしすぐにはっとする。このまま唇を褒めただけなら、きっと彼はマリーがオーギュストが良いのだと誤解する。王子様が良いなど、とてもじゃないが言えるはずがないし、夢でも見ない。


「言っておきますけど、いくらくちびるが素敵でも、王太子殿下は有り得ないですから。身分差が大き過ぎます。わたしには絶対に無理です」


「……」


「デジレ様? 聞いてます?」


 ずっとオーギュストを見ていたデジレは、名前を呼ばれて少しだけマリーに顔を向けて頷いた。しかし心ここに在らずと言った様子ですぐにオーギュストに視線を戻す。

 そんなに衝撃だったのかと、マリーは首を捻った。


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