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くちびる同盟  作者: 風見 十理
三章  瞳を閉じて
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41.誰が強いか

 


「えっ、デジレ様の仕事は、王太子殿下のわがままを聞くことなんですか?」


「そう」


 身分が高いはずなのに、まるで召使いみたいだ。そうマリーは思うのに、デジレはとても嬉しそうな顔をして、滑らかに唇を動かす。


「頼まれることは多岐に渡るんだ。あれが欲しいと言えば買ってくるし、あれが食べたいと言われれば作る。あれが見たいと言われれば、探し出し、あれが知りたいと言われれば、調べる。とにかくそれらをこなすために、幼少期から仕えて、様々なことをできるようにしている」


「都合よくこき使われていません?」


「それでいいんだ。殿下がそんなことを頼んでくるのは私にだけだから。それに、無理難題は言われないし、断ることもできる」


 嬉し顔のデジレは、美しさに加えて自信に満ちあふれ、輝いているようだった。

 そういえば、王太子とデジレは幼馴染だったとマリーは思い出す。

 きっと、その長年の仲で(つちか)ってきた信頼や、忠誠があるんだろうと、本当に嬉しいと顔に表すデジレを見ながらマリーは小さく微笑んだ。


「王太子殿下、お好きなんですね。でも、その仕事はずっとじゃないですよね。王太子殿下だって即位するし、デジレ様だってシトロニエ家を継ぎますよね?」


「いや、ずっとだよ。さすがに爵位を継いだらそちらが中心になるけれど、命ある限り仕える。父も陛下の側近だったけれど、今でもよく呼ばれては文句を言いながら登城しているし。代々、シトロニエ家の男子は、そんな風に王家に仕えている」


「王家とシトロニエ家はとても仲良しなんですね」


 デジレがにこりとマリーに笑いかける。

 彼の自然な笑顔は、綺麗なのにどこか可愛らしい。最近よく見るようになったこの笑顔は、マリーは割と好きな方だった。


「一番側にいるから側近なんだけれど、その分護衛としての役目も期待されるから、鍛錬も怠っていない」


 デジレが人の集まりに目を向ける。マリーも彼に目をつられて会場を見る。

 屈強な男性たちがひしめく会場では、デジレだけが場違いに優美で浮いているようにマリーは感じた。


「へえー、あ、じゃああのワイン持ってる人とか、勝てたりするんですか?」


 なんとなく、マリーはデジレの年頃に近い、体型の似ている男性を見つけて聞いてみた。

 デジレはマリーの視線に腰を屈めて、彼女の言う男性を探す。


「ああ、赤い茶髪のジョルジュ殿だな。殿下直属の近衛隊に所属している有望な若手だ。先日の近衛隊との手合わせで勝ったな」


「え、じゃあ隣の人とか」


「同じく近衛隊のラウル殿。豪胆な性格で勢いが素晴らしい。彼にも先日勝ったかな」


「じゃあ、あそこのすごく強そうな紫色の服を着た人は?」


「近衛隊長だ、来ていたのか。最近勝ち越すようになってきた」


 すらすらと当然のように言うデジレに、マリーは言葉を失った。


「え、隊長って強いんじゃ……」


 近衛隊長と聞いた男性は、立派な体つきが屈強な武人に見える。かたや隣にいるデジレは決して薄い身体ではないが、まさに貴族といった雰囲気だ。

 なるほど強さも男性は外見ではないのかと納得しかけたところ、デジレが組んでいる腕が目についた。添えられている手は、大きい。

 あの彼の手を弄った時、硬いまめがたくさんあった。固く変形した部分もあった。全体として、綺麗とは言えない手だった。

 近衛隊長の熟練の具合がその体躯に反映されているのなら、デジレはその手が努力の証かもしれないとマリーは思った。


「じゃあ、デジレ様に勝った人っているんですか?」


「勝った人か、マリー嬢は強い人がいいのかな」


 そうではないとマリーが否定する前に、デジレは手を顎に当てて考え込む。


「真っ先に勝ったことがないと思いつくのは父だ。今まで一度も勝てたことがない。ただ、父は若い女性が好きだけれど、あれでもかなりの愛妻家だし、子供も二人いれば、近々孫も生まれる予定だ」


「あ、それ別にわざわざ言わなくても知ってるので。既婚者以外で」


 デジレは頷いて、さらに考え込む。


「既婚者を除けば……私と五分五分の強さなら、カストル。騎士団長の息子で、ほら一番私に絡んでくる同い年の彼だ」


「あ、あの結婚式には呼んでねって何回も言ってくる人ですね」


「ただ、確か好きな人がいると言っていたはずだ。いた場合はごめん、彼は諦めてくれ」


「いえわたし、強さで相手決めるわけじゃないので……」


 じっと来場者を見据えるデジレは、どう見ても真剣に強者を探している顔だ。

 これは何を言っても駄目だと悟ったマリーは、脱力する。

 今日の出席者は、外での訓練を怠らないためか唇は全体的に荒れて、色も肌に近く赤みが薄い。唇でいうなら、論外だ。


「そうだ、騎士団ならほとんど手合わせしたことがない。もしかすると強い者がいるのかも」


「そうですか」


「ただ、何をもって強いとするか、強さの基準がわからない。そうなると、今度私が基準として試してこよう」


 真面目顔でそういう彼は、とても彼らしかった。



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