40.ベルはいかが?
「さて、そろそろ参りましょうか」
穏やかな目で二人を見ていたベルナールが声をかける。デジレが今気付いたという顔で彼を見た。
「ベル……身近だ」
「はい?」
デジレはマリーに視線を戻すと、言った。
「そうだ、マリー嬢。ベルは?」
マリーは意味がわからず、首を傾げた。ベルナールは面を食らって、自分の主人を見ている。
「ベルナールはフィグ伯爵家の三男だ。彼は? 人物は保証するし、職も失うことはないよう取り計らうよ」
「へ」
マリーはおかしな声を漏らした。デジレは、真剣だ。
ちらりとベルナールを見れば、彼は辛そうに頭を抱えている。今にも髪を搔き乱しそうだ。
「我が主人は全く、素晴らしく完璧じゃない! 私は主人のおさがりの女性なんて、ちっとも嬉しくありませんが?」
「ベル、女性におさがりなんて言葉を使うな。それにベルだって、マリー嬢の出迎えはいい加減私が代わると言っても、断固として譲らなかったじゃないか」
「そこまでは言っておりませんが、あまり私の役目を取らないでください。マリー様とお話ししたいことがたくさんあるのです」
「たくさん?」
「とにかく。正気を疑いますよ、デジレ様。キスした相手を自分の侍従に下げ渡すなんて、どこの傲慢な男ですか」
「下げ渡すって、彼女は私のものじゃない」
「ええ、そうですか。ええ」
ベルナールは冷たく言った。
置いてけぼりの二人の言い合いに唖然として見ていたマリーは、目の前に差し出された手に気を戻す。手をたどれば、ベルナールが呆れた顔でいた。
「さあ、マリー様。お手をどうぞ」
反射的に彼の手に、マリーは自分の手を預ける。近くで焦ったような空気を感じた。
「ベル! それは私の役目だ!」
「ああ、失礼致しました。侍従は主人に似るようで」
やはり感情の籠らない言葉で主人をいなしたベルナールは、急いでマリーのもとに来たデジレに彼女を渡す。デジレはマリーの手を離すまいとぎゅっと握った。
「さっさと行きますよ。ぼやぼやしていると置いていきますからね」
素早く馬車に乗るベルナールに、デジレが慌ててマリーを馬車に乗せる。デジレが乗ったこともまともに確認せずに出発した馬車の中で、デジレが素直に彼に謝るのも時間の問題だった。
今回の夜会はいつもと雰囲気が違った。
男性が多く、しかも皆がたいが良くて雄々しい。いままで見かけなかった男性が多い。煌びやかな夜会からは程遠く、マリーには戦場から帰ってきた戦士の祝賀会のように感じた。
「今日は、また変わった夜会ですね」
「ああ、主催者が先代の騎士団長だからかな。騎士団の者も多く出席している。騎士は長男以外がなりやすいし、独身も多い。いつもと違う顔ぶれだから、良い人がいる可能性がある」
「うちの兄、長男ですけど騎士になってますよ」
いまさらながら、兄が騎士になったのはなぜだろうとマリーは首を捻る。
「ジョゼフ殿だな」
「あ、デジレ様は兄を知っているんですね?」
「会話らしい会話はしたことがないが、声が特別に大きい騎士ということでよく耳にはしているよ」
マリーは恥ずかしくなって俯いた。
やはり声の大きさで有名なのかという思いと、有名なのは声の大きさだけかという思いで、切ない。せめて実力で名が知れ渡ってくれればよいものを、とマリーはため息をついた。
そんなジョゼフは、当直だとかで夜会にはいない。
「割と優秀だとも聞こえてくる」
「なんだか気を遣わせて、すみません……」
「いや、本当のことなんだけれど」
マリーには、スリーズ邸でのジョゼフの姿から、騎士で活躍する彼の姿など想像できない。デジレの話を聞いて、本当に騎士として働いているのだと思ったほどだ。
「そういえば、いまさらですけど。デジレ様の仕事である王太子殿下の側近って何をするんですか?」
なんとなくマリーが尋ねた内容に、デジレは顎に手を当てて考え出す。
「そうだな、簡単に言えばなんでも屋。一人いれば便利な存在、それが殿下の側近かな」
「なんでも屋ですか?」
「そう。殿下には正式な護衛も書記も、料理番も侍女侍従だってしっかり揃っているが、それらの仕事を全て兼ねることができ、殿下の側に常に控えるのが、私だ」
マリーには今挙げられた役職が具体的になにをするかはっきりとわからない。しかし、全てを兼ねるとなると、なんでもできなければいけないのはわかった。
なるほど優秀かとデジレを見れば、彼は笑みを浮かべている。
「基本的に殿下の仕事を手伝っているが、何かを殿下から頼まれればそれをする。もちろん、先ほど言ったように、殿下にはそれぞれの役割を担う者たちがいる。だから、私に依頼してくる内容は、彼らがする事でなく殿下が彼らに頼まないこと。言ってしまえば、わがままだ」




