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くちびる同盟  作者: 風見 十理
三章  瞳を閉じて
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39.あの時のねたばらし

 



  鏡の前でマリーは鼻歌を歌いながら、口紅を取り出した。口紅を指先に取ると、唇の中央からぽんぽんと載せていく。さくらんぼのような色味が着けば、仕上げとして上下の唇をぎゅっとあわせてぱっと離した。

 皮がむけた果物のように瑞々しい唇に、マリーは満足して微笑んだ。


「マリーさま、髪もセットできました!」


 マリーの髪型を担当していたリディがいつもの通り明るく報告する。感謝して鏡で髪型を見れば、リディと二人で本から選んだ凝ったハーフアップが見事に再現されていた。


「すごい、これ難しかったでしょう?」


「全然ですよ! 最近のマリーさまのいろんな髪型で、あたし、どんどんうまくなっていますもん!」


 えへんと胸を張るリディに笑って、マリーは時計を見る。

 そろそろ時間だ。白地に華麗な刺繍が施された新品同様のドレスを翻して、マリーは玄関へと向かう。

 丁度チャイムの音がして、扉が開く。ベルナールの姿を確認して、マリーはドレスを掴んで膝を曲げた。


「ごきげんよう。ベルナールさん」


 マリーローズから習った手順を思い出して、ゆっくり礼をしたマリーは、ちらりとベルナールを見る。

 少し驚いた彼は、しかしすぐさまいつもの優しい笑顔を見せる。


「ごきげんよう、マリー様。とても素晴らしい淑女の礼でしたよ」


「本当ですか!」


「ええ、このベルナールごときにはもったいない礼です。我が主人にでもして差し上げてください」


「え、デジレ様にはちょっと、恥ずかしくて……」


 もじもじと、そのデジレがくれたドレスをいじるが、褒められると嬉しくて、マリーは頰を染める。

 マナーもなにも、社交についてまともに学んでいなかったマリーは、思い切ってマリーローズに相談してみた。恥をしのび、せめて社交界で普通に振る舞えるように教えてほしいと頼んでみると、マリーローズはおもしろそうだと快諾した。

 その代わり、デジレとの夜会の内容の報告するように言われ、マナーのレッスンも含め、プリムヴェール公爵家には一週間に一度の頻度で通うことになった。

 マリーローズの教え方は少々厳しいがうまい。楽しく教えるものだから、マリーはなんとかついていっている。


「マリー様は、だんだんとお綺麗になっていきますね」


「え、そうですか?」


 顔を輝かせて、マリーはベルナールに笑顔を向ける。心なしか嬉しそうな顔をするベルナールは、首を縦に振る。


「我が主人の為でしょうか」


「デジレ様? そうですね、デジレ様の傍にいても恥をかかせることのない程度にはなろうと思ってますけど」


「マリー様がデジレ様に恥をかかせることはありませんよ」


 逆は、とぼそりと呟いた彼は、何か思い出したらしく、ひとり小さく笑う。


「そうそう、ひとつ、ねたばらしをしましょう。マリー様が私とはじめてお会いした時を覚えていらっしゃいますか?」


「あ、はい。最初に夜会のお迎えに来てくれた時ですよね」


 マリーは思い出す。

 行きたくないと思いながら、飾り気のない格好で準備した夜。ベルナールに、行きたくなければそのように上手く伝えると言われた時だ。

 彼は楽しそうに笑う。


「そうです。あの時ですが、私は我が主人にあのように言うよう頼まれました」


「え?」


「つまり、まず代わりに謝ってほしい。そして、どうしても夜会に行きたくないとマリー様がおっしゃるなら、連れてくるな、と。貴女の意思を確認し、尊重してほしい、と」


 デジレらしいと思った。同時に、心がくすぐったくなる。

 マリーが来なければ一人でなんとかするつもりだったと言っていた。来てくれて良かったと言っていた。

 マリーはあの時怒りで頭がいっぱいだったが、デジレは彼なりに必死に気を遣ってくれていたのだ。


「え、それ、わたしに言っちゃっていいんですか?」


「言うなとは言われておりませんから、問題ありませんよ」


 照れ隠しに聞いた内容は、さらりと返答される。

 少しどぎまぎしていると、そろそろとベルナールが言うので、マリーはようやく外に出た。

 夜が長くなる時期で、周りは既に暗い。それでも、常に馬車の前で待つ彼をマリーの目はすっかり簡単に捉えるようになっていた。


「デジレ様、こんばんは」


「こんばんは、マリー嬢」


 デジレの真面目な顔が解けて、柔らかく微笑む。首を少しだけ傾げて、マリーの髪に目を向ける。


「新しい髪型、すごく凝っていて似合っている。ブルネットの艶が映えて綺麗だ」


「ありがとうございます」


 恥ずかしげに髪に手を当てるマリーは、心の中では気付いてもらえたと上機嫌だった。

 案外、デジレはこういう外見の変化には目敏(めざと)い。

 一度お気に入りの小さなアクセサリーをつけた時にすぐに気付いてくれたことに嬉しくなってから、夜会のたびに何かを少しずつ工夫しはじめた。

 デジレは今のところほとんど気付いてくれている。実際はもはやどこかを変えてくるとわかっていて、注意して探し出しているのかもしれない。

 出発前の、二人の流れだった。


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