34.ずるい
二人の令嬢に従っていけば、周りはどんどんと人気がなくなっていく。いつの間にか先を進む二人の背中を見ながら、マリーはゆっくりと不安を募らせていた。
どこまでいくのかと、道順を覚えながら遅いといわれない程度についていくと、ようやく彼女たちの足が止まった。
くるりと振り返った彼女たちの顔は、固い。
「マリー様、聞きたいことがあるの」
マリーたちだけの空間に、淡々とした声が響く。
「あ、はい。……なんでしょうか」
「どうして、デジレ様と仲良くなったの?」
紫陽花のドレスを着た令嬢が、硬い声で尋ねる。
急なデジレの話題に、マリーは彼の名前を唇だけで反復する。
「そんな、仲良くなんて」
「どうして、デジレ様にキスされるの?」
「それは、えっと」
「どうしてデジレ様と夜会にでるの?」
「あの」
「どうしてデジレ様に好かれるの?」
「え」
「どうして!」
畳み掛ける言葉は、叫ぶように語気が荒くなる。目を丸くしてマリーが見れば、彼女は今にも泣きだしそうで怒り出しそうに、くしゃりと顔を歪めていた。
「どうして? どうして貴女なの!」
辛そうな悲鳴がする。
「どうして、どうしてよ! 私はデジレ様の気を引くためにいっぱい努力したのに! いきなり出てきた貴女はどんな努力をしたの? してないでしょう、見ればわかるわ。それなのに、デジレ様と仲良くなるなんて、デジレ様の気を引くなんて、どうしてよ!」
悲痛な叫びに、マリーは何も言えなかった。
じくじくとどこか痛む心に、俯いて彼女から目を逸らす。
彼女は興奮して、マリーに一歩近付いた。
「ずるい」
たった一言。
彼女の気持ちが凝縮された言葉が、マリーの心にぐさりと刺さる。マリーは自分の胸元を掴んだ。
「なんてずるい人」
「あら、こんなところで、わたくしの友人マリーと何をお話ししているのかしら?」
凛とした声がした。
マリーが顔を上げると、二人の令嬢も声の主を見る。
そこにはマリーローズが、淑女の笑みをたたえて立っていた。
「マ、マリーローズ様」
「ねえ、あなた」
呆然と名前を呟く令嬢たちに向けて、マリーローズはにっこりと笑う。
「先程、マリーに言っていたこと、わたくしにも当てはまりますわね。わたくしも、何も努力をしていないのに、デジレと幼馴染ですもの」
「いえ……マリーローズ様は違います」
「何が違うというの? ほら、わたくしにも言ってくださらないのかしら? ずるい、って」
二人の令嬢は顔を青くする。
マリーが震えそうな二人を見ていると、マリーローズと目が合い、彼女は微かに口角を上げた。
「それとも、気に食わない相手が自分より身分が低いなら、責めてもよいのかしら。でしたら、オルタンシア侯爵令嬢ジャンヌ様、ナルシス伯爵令嬢ルイズ様。プリムヴェール公爵令嬢のわたくしが、責めても宜しいわね?」
名前を呼ばれて、令嬢は身を竦みあげた。ぱくぱくと口が動くが、声が出ていない。
マリーローズは一歩踏み出し、かつんと靴で音を鳴らした。空気がぴんと張り詰める。
「この国の貴族なら、品格を損なうようなことはやめなさい。国の恥ですわ」
マリーローズは庭を支配する唯一の薔薇だ、とマリーは感じた。
その身分と品格を纏った雰囲気は、向けられると縮こまってしまいそうだが、どこか感嘆のため息しか出ない言葉にできぬ美しさがある。
気圧された令嬢たちは動かず、しばらくして呪縛から解けたように頭を下げた。
「も、申し訳ございません!」
「わたくしに謝っても何もなりません」
ねえ、とマリーローズがマリーに目を向ける。マリーはおずおずと頷いた。
「それにしてもあなた方、本当にデジレの気を引きたかったのかしら」
マリーローズが不思議そうに首を傾げる。
「今のあなた方のようなことをする令嬢は、デジレは嫌いなのだけれど。あなた方のような令嬢のせいで、デジレは女性が苦手になったのよ」
令嬢たちが小さく声を漏らして、震える。そんな彼女たちに容赦なく、マリーローズは呆れたという声で言う。
「デジレの何を見ていたのかしら。地位や容姿? それなら、彼の何も見ていなかったのね。そんな状態で、彼が自分を好きになってくれるとでも思ったの? デジレを舐めるのも、大概になさってね」
冷たい目が、令嬢たちに向けられる。マリーは自分に向けられたように、硬直した。
「あなた方の名前は、一度たりともデジレの口から聞いたことはありませんわ」
とどめの一言に、二人の令嬢は涙が滲んだ謝罪を残して、逃げ去った。
心ここに在らずといった様子で、二人去った方を見つめるマリーに、マリーローズが緩やかな足取りで近付く。
「大丈夫よ、マリー。あんな言いがかり、気にする価値もないわ」
ゆっくりと、マリーはマリーローズに顔を向けた。そのまま、ずっと握っている胸元の手に力を入れて、俯く。
控えめなドレスが目に映る。
「でも……言われて当然ですよね」
「マリー?」
「ごめんなさい、ローズ様。帰りたいです」
気遣わしげにマリーの様子を窺うマリーローズは、頷く。
マリーはラズベリー色の口紅を塗った唇を、強く噛み締めた。




