33.令嬢たちの夜
社交界の華として堂々と歩くマリーローズに、マリーは付いて行く。
今日の向けられる目は、興味というよりは疑問を感じるものが多い。どのような疑問かはマリーにはわからないが、たまにそのような視線を送る人と目が合うと、さっと顔を背けられてしまった。
そして、今更ながら前を行くマリーローズの優美さと己の地味さを比較して、気後れする。デジレの時とは違い、同性故にひどく劣等感を感じた。
「緊張しているの? 大丈夫よ」
前を行くマリーローズは後ろにいるマリーの様子は見えないはずなのに、彼女は振り返って小声で聞いてくる。
「あ、いえ……ローズ様が美人過ぎて、身体が固まっているんです」
「あら、ありがとう。そう思ってもらえるようにしているのよ」
当然のようにさらりと返事をする彼女は、嫌味のかけらもない。こういう気質も美人に拍車をかけるのかと感慨深げにマリーが思う。
マリーローズが明るい会場を見渡して、マリーの隣に並ぶ。
「それで、マリー。どんな殿方がよろしいの?」
「えっと。家格に合うような平凡で無難な人がいいです」
「まあ、夢がないわね」
「夢は夢なので。身の程をわきまえなきゃいけませんし」
マリーにとっては今日までのデジレに関わったばたばたな日常も、夢のようなものだ。悪夢かもしれない。こんなものはすぐに覚める、一時的なものにすぎないと思っていた。
今までを思い出して、マリーはため息をつく。
「そうね、身の程を知るのは大切なことよ。だけど、目標は高くあれば己の程度を引き上げることに役立つのではなくて?」
すっと目を細めたマリーローズは、口元を扇で隠す。
「真ん中にいらっしゃる、金髪に紅の服の方。いかが? 侯爵家の三男よ」
「あの、侯爵家とかはちょっと。身分高いです」
「デジレに比べればたいしたことないわ」
マリーは体を固くした。しかしすぐに肩の力を抜く。
マリーローズから聞くデジレの身分の高さなんて、マリーにとっては別にどうでもいいことだ。なにも結婚相手に考えているわけではない。
「えーと、デジレ様と比べる必要ないと思います」
「そう? それなら、あの方は?」
マリーローズが次々に教える男性たちは、マリーにとって不足なしどころか、不釣り合いに思えるほどだった。自分には勿体ないと固辞しても、マリーローズはそれならばと次の男性を紹介してくれる。
気を遣わせている気がして、マリーは申し訳なさを感じてきていた。
「次は……あら」
マリーローズはぴたりと視線を一点に留めたまま、扇を閉じる。
「ちょっとだけ、挨拶したい方がいらっしゃるわ。さあ、マリー、行くわよ」
「え、ええ? いいですよ!」
ようやく目を寄越すマリーローズに、マリーは頭を振ってみせる。マリーローズはああ、と安心させるように微笑んだ。
「マリーがいても問題ないわ。それに、顔を売ることにもなるのよ」
「いえ、そうじゃなくて。さっきからずっと、ローズ様はわたしの相手をしてくださったので、ゆっくりお話ししたい人と話してもいいと思うんです。だから、わたしはここで待っていますから……」
おずおずと切り出して、数歩退がる。
態度と目で、行ってきてくださいとマリーローズに伝えれば、彼女は小さく笑った。
「わかりました。ちょっとだけ行ってきますわ」
気品にあふれた声を残し、マリーローズは人の間を縫うように消えて行く。
マリーは息をひとつつき、改めて会場を見渡す。
夜なのに昼よりも煌びやかなこの場所は、鮮やかな服装があちらこちらに見えて、花畑のようだ。
もちろん、ちらりと見えるマリーローズは、どこにいても目立つ香りを漂わせる薔薇。マリーはなんとか道端にひっそりと咲く白い野薔薇にみえるだろうか。
またしても周りからすれば流行遅れだろう自分のドレスを、マリーはちょっと掴む。タンスにしまった貰ったドレスを思い出して、諦めの息が漏れた。
「貴方がマリー・スリーズ様ね?」
自分のドレスばかりに目をやっていると、急に声を掛けられた。
見ればマリーと同じような年頃の令嬢が二人、目の前に立っている。その顔には令嬢特有の作られた笑みが浮かんでいて、マリーは少し気持ち悪く感じた。
「私たち、マリーローズ様に話が長引くから、マリー様のお相手してあげるよう頼まれましたの。少しお話ししませんこと?」
紫陽花のようなドレスを着た令嬢が誘う。最初に声を掛けて着た水仙の印象がする令嬢も、頷く。
身なりや所作から、どうみても二人はマリーより良いところの令嬢だ。
「ええと……わかりました」
マリーローズの名前を出されては、断りにくい。
二人は満足気に笑みを深める。
「それでは、マリー様。ゆっくりお話ししましょう?」
一人が自然と移動を促すような位置取りをするので、マリーは足を動かす。どんどんと会場の外に向かって行く。
マリーはちらりと振り返ってマリーローズを探したが、彼女を見つけることはできなかった。




