31.彼の話
「わたくし、例の夜会には出席していなかったのだけど。どうしてデジレがキスなんてしたの? 理由を言っていたかしら?」
にっこりと笑っているマリーローズに、マリーはどう返答しようかと迷う。しかし、その雰囲気に以前と同じ威圧感を覚えて、震えそうになる口を開いた。
「え……。えっと、身体が勝手に動いた、そうです」
「まあ、なにそれ。最低ね」
「そうですよね!」
マリーは思い切り身を乗り出した。
ようやくこの気持ちをわかってもらえた、と気持ちが一気に高揚する。
しかし、近くなったマリーローズの唇がうっすら開いているのに気付き、頬を染めて座りなおした。
マリーローズは、その艶やかな唇から小さく笑いを零す。
「でも、その理由は本当でしょうね。なにも理由がなくてキスするような人じゃないから。だってデジレ、真面目馬鹿だもの」
「あっ、わたしもそれ、思いました!」
「あら、マリーは良い感覚を持っているわね」
またしても身を乗り出すマリーに、マリーローズは笑顔を向けた。さきほどから話すのが楽しいと手に取るようにわかる彼女の顔に、マリーは自然と唇を緩める。
「とても責任感が強くて、馬鹿がつくほど真面目で正直なのよ。人に頼まれたり、頼られたりするとなかなか嫌と言えない、損な性格で。なまじ有能だから、今まではなんとかこなしてきたみたいだけど、ひそかに殿下が助けているときもあったのよ」
デジレを思い出せば、彼女の言っていることがよくわかる。マリーは首をぶんぶんと縦に振った。
「デジレが忙しくて捕まらないから話を聞けていないのだけど、あの時の夜会の話は事実ね? 彼、嘘をつくのも苦手だから、上手く噂を誘導したのでしょう。あの時がデジレの外面。わたくし、久しぶりに見たから笑いそうになって、堪えるのに必死で」
陽に輝く淡い桃色の金髪を揺らして、思い出し笑いするマリーローズは、やはり年相応の可愛らしい少女だ。
「すごい、全くその通りです! ローズ様はデジレ様のこと、よくご存じなんですね」
親近感が湧いたマリーは、緊張はどこへやら、自然な笑顔を浮かべる。
「ええ、それはもう長い付き合いだもの。お互い素を知っているから、一緒にいても気が楽だからね」
「そうですよね、そういう人いるといいですよね」
「マリーもその一人よ?」
当然のように言われた言葉に、マリーは虚を突かれた。優しく首を傾げるマリーローズは、そんな彼女を見てまた楽しそうに笑う。
「デジレの素の話をするのに、外面では話しにくいわ。わたくし、これでもありのままで話しているのだけど、マリーはマリーを出してくれないの? さっきから何度か我慢していない?」
「えっ、でも……」
「公爵令嬢だとか子爵令嬢だとか、そんなのは関係ないわ。同い年で、同じような名前で、同じ女の子じゃないの。誰も聞いてないところでくらい」
仲良くしましょう、とマリーローズが言う。
夜会の時と同じ言葉だ。しかし今回ははっきりとわかる純粋な好意に、マリーはなにを言われるのかと色々考えてがちがちになっていた自分が恥ずかしくなった。こわごわと顔をあげて、美しいかんばせと対面する。
「じゃあ、あの……よろしくお願いします」
「決まりね」
マリーローズは手をぱちんと打つ。
「それなら早速。マリー、あのキスの時から、デジレがどう貴女に言ったか教えて?」
サファイアの目が好奇心に輝いた。
マリーはその目に見惚れて、しばらくしてから語り出す。
予想通りといえばいいのか、くちびる同盟の話を出した時点で、マリーローズは堪え切れないといった具合に笑い出した。目に涙を浮かべながらデジレらしいと言う彼女に、マリーは少し愚痴を混ぜて説明を続けると、彼女は同意をしてくれる。すっかりマリーも楽しくなって、今までのデジレの話を二人して笑ったり怒ったりしながら語り合った。
「そうだ、ローズ様。あの、わたしからも質問してもいいですか?」
「ええ、なに? おかしなこと以外ならなんでも答えるわよ」
片目を閉じてみせる顔は美しいというよりも可愛らしい。この数時間でマリーの中のマリーローズの像は大幅に親しみやすいものに変わっていた。
「おかしなことかもしれないんですけど……。ローズ様は、殿下やデジレ様を好き、じゃないんですか?」
話を聞いて、少し考えていたことだった。
マリーの大好きな恋愛小説にも、幼馴染の恋愛がある。昔から気心知れた仲から恋に発展することはあるだろうし、マリーは王太子を知らないが、デジレやマリーローズの美しさならば、他に目がいかないと言われても納得できる。
わくわくとして尋ねた質問に、マリーローズはきょとんとして目を瞬かせた。
「……考えたこともなかったわ。もし、わたくしがどちらかを好きなら、既に婚約者になっているのじゃないかしら?」




