30.マリーのお茶会
いきなり届いたこの手紙がお茶会の誘いだったことで、スリーズ家はてんやわんやだった。
なにをしたんだとジョゼフに聞かれても、マリーはなにもしていない。声を掛けられたと伝えれば、目をまんまるにして冗談だろと呟く。
ともかく失礼があってはならないとばたばたと準備をし、お茶会に行くには派手な出で立ちにされた。
しかも返信をしたところ、公爵家から迎えを寄越すとあり、マリーにとっては待つ時間さえも緊張するものだった。
「うーん。あたしとしてはマリーさまを着飾るのは楽しいんですけど、相手がデジレさまの方が気合入りますね」
リディがマリーの髪留めを止め直す。そろそろ時間だと気にしていたマリーは、その衝撃だけでも肩を震わせた。
「わたしは今日のお茶会の方が緊張する!」
「あ、お迎え来たみたいですよー」
リディがさっさと出迎えに行く。慌ててマリーも続いた。
がちがちなマリーが連れていかれた公爵家は、宮殿のような造りだった。ここは同じ国内だろうかとマリーが唖然としていれば、表情が変わらない公爵家の迎えが案内してくれる。リディもベルナールさえ常ににこにこしていたので、なるほど高貴な家の使用人はこれほど違うのかとむやみに感動する。
王城もかくやと思われる豪華な廊下を通り、庭師が全身全霊で作っただろう、一目見ただけで印象に残る綺麗な庭に足を踏み入れる。
ひとつふたつとしっとりと咲く落ち着いた色の薔薇が目についたかと思うと、進むにつれて周りに小ぶりの薔薇がどんどん顔を覗かせる。薔薇の香りが濃厚になってくると、開けた場所に彼女はいた。
白いテーブルに掛けたマリーローズは、マリーを見てにっこりと笑った。
「ごきげんよう、マリー。待っていましたわ」
午後の日差しの下で見るマリーローズは、優しく光る桃色の金髪にサファイアの瞳が明るく輝いて、白く滑らかな肌がきらめく。その姿は夜会の時に負けず劣らず美しい。マリーはさらに緊張して、挨拶の礼もはじめてするかのように震える。
「ご、ごきげんよう、ローズ様!」
「ちゃんとローズと呼んでくれたわね。嬉しいわ」
マリーローズに座るよう促される。目の前にはマリーローズの椅子以外にあと一つしかない。マリーはきょろきょろ周りを見渡して、その場から動こうとしなかった。
その様子を見て、マリーローズは口元を隠して小さく笑う。
「気にしなくても、あなただけよ。今日はわたくしとあなただけのお茶会で準備をしていますから」
それはそれで何を言われるのか、怖い。
そう思いながらも、マリーは覚悟を決めて、マリーローズの向かいに座る。
席に着いた途端、控えていたらしい使用人がどんどんテーブルの上に紅茶やケーキなどを置いていく。マリーの目の前が賑やかになると、使用人たちはどこへ消えたのか姿が見えなくなった。
マリーローズを恐る恐る窺うと、彼女は大きなサファイアの目をきらきらと輝かせてマリーを見てくる。
「これで堂々とお話しできるわね。会った時から、ずっと二人で話したかったの! デジレの話がしたくて!」
声のトーンが高い。先程までの落ち着いた雰囲気はどこへやら、子供のようにはしゃぎそうなマリーローズは、十六歳の少女だった。
マリーはぽかんとして、それでも美しさは損なわない彼女を見る。
「え、あの……。今回って、デジレ様のお話をしたくて?」
「そうよ。わたくし、デジレの話をできる相手がいなかったもの」
優雅に紅茶を口にして、マリーローズはひとつ息をはく。
「わたくしと、殿下とデジレが幼馴染なのは知っていて?」
「あ、はい!」
「家の関係からも幼い頃から三人で会う機会が多くて、わたくしは彼らが昔からどんな人柄かよく知っているのよ」
人形のようにマリーがかくかくと首肯するのを見て、マリーローズは可愛らしく笑い声を漏らす。
「でもね、わたくしたちは立場から、やすやすと素を出すわけにはいかないの。皆それぞれに合った外面を作り上げて振る舞う必要がある。でも、ほかの方はその仮面しか見えないのよ」
「仮面?」
「ええ、殿下でしたら、優秀で次期国王に相応しい王太子。デジレなら、文武両道の完璧な王太子の側近。殿下は、デジレはどんな方かとよくいろんな令嬢に尋ねられるわ。だけど彼女たちの求める答えは、わたくしが昔から知っている彼らの姿ではなくて、世間一般に知られている姿の裏付けなのよ」
答えは決まっているの、とマリーローズは呟く。そして、楽しそうにマリーに微笑んだ。
「とても、つまらないの。全く彼らの話はできないし、正直に話したところで信用してもらえないくらいには彼らだって上手く立ち回っているし。そこで、デジレがわざわざわたくしに後ろ盾になってほしいと頼んできて、あの夜会に連れていたあなたなら、デジレの素を知っていて話ができるのじゃないかと思ったのよ」
彼女は小首を傾げた。
「マリーは、デジレが完璧な『白金の貴公子』だと思っているかしら?」
「いえ、全然」
さらりと反射的に出た言葉に、マリーは焦って口を塞いだ。本音だとしても相手は公爵令嬢、迂闊な言葉は命取りになると冷や汗が背中を伝う。
マリーローズは目を見開いたかと思うと、夜会で一瞬マリーが見たように、茶目っ気たっぷりに口の端を上げる。
「やっぱり、わたくしの目に狂いはなかったわね」
そう言って、彼女は頬に手を添えて、肘をついた。




