3.スリーズ家の朝食
厨房の隣にあるこぢんまりとした部屋に入ると、既に父と兄がテーブルで朝食を食べていた。狭いテーブルは男二人だけでぎゅうぎゅうである。
「おはよう、父さん、兄さん」
父からは、相変わらず小声で挨拶が返ってくる。そしてマリーを見もせず、俯きがちで黙々と朝食を食べている。これで本当に子爵を担えているのかマリーには不思議だ。
兄のジョゼフは、目をぐるりとマリーに向けたと思うと、フォークに刺していたベーコンを噛みちぎって飲み込み、大きな声を出した。
「マリー! 気分はどうだ!」
「え、気分は普通だけど」
起きたばかりの頭にはきつすぎる大声に、耳を手で塞ぎながらマリーは返事をする。
マリーと同じく平凡を絵に描いたような容姿のジョゼフは、何の間違いか、貧乏なスリーズ子爵家出身では史上初の騎士となった男だ。妹としては声が大きいことしか取り柄がなくてまともに騎士などできそうにないと思うが、なんだかんだで仕事をこなしているらしいので、これまた不思議である。
そういえば昨日の夜会はジョゼフが同伴だったと思い出したマリーは、彼に尋ねた。
「兄さん、昨日なにかあった?」
ぴたりとジョゼフが動きを止める。隣で淡々と口に食べ物を運んでいた父も、動きが止まった。
どうしたのかと聞く前に、ジョゼフがテーブルに音を立てて手をついて、思い切り立ち上がる。
「お兄様はな! どうあってもマリーの味方だ!」
「え? 何、いきなり?」
「例え相手が美形の王太子側近だろうが、厳しい騎士団長だろうが、恐怖の国王陛下だろうとも! いかに身分の差が大きかろうと! お兄様はマリーのためなら負けない!」
小部屋にジョゼフの声ががんがんと響く。
しばしして、彼はすっきりしたという表情ですとんと席に座り直すと、フォークを握り直した。
マリーはよくわからないながらも、ようやく自分の席に座った。
朝食はその会話以降、特に話すことなくいつも通りに進んでいった。
リディの言う通り、好物が多かった朝食のほとんどを食べきって、マリーはナプキンで口をぬぐう。さて片付けようと、彼女は自分の分の食器を手に取った。
「マリー」
珍しく、父が声をかけてきた。
いつも存在感の薄い彼は、食器を見ればすっかり食事を終えていて、どうやらマリーが食べ終わるのを待っていたらしい。
「あとしばらくでマリーに客人が来るから、応接の間で待っていなさい」
マリーは首を傾げたが、頷いた。
客人なんて、心当たりはない。よく来る友人は応接の間になんて通さず、部屋で直に会うので、応接の間なんて堅苦しい部屋は滅多に使わない。
そもそも下級もいいところの貴族であるスリーズ子爵家に用があってやってくる客人なんて、ほとんどいない。
「あんな奴、客人なんて」
同じく完食してマリーを待っていたらしい、ジョゼフが珍しくひとりごちた。
「兄さんは、そのお客さんが誰か知っているの?」
「昨日はじめてまともに会った。あいつは盗っ人だ、盗っ人!」
目の前にその客人がいたならば、今にも噛み付きそうなジョゼフの様子に、ますますマリーは困惑する。
なにを盗んだかは知らないが、泥棒が盗みを働いた後に人に会いに来ることがあるだろうか。しかも、マリーに。
「何かあったらお兄様を呼ぶんだぞ、マリー。兄さんじゃなくて、お兄様と! お兄様助けてだ!」
「わかったから、兄さん。落ち着いて」
興奮気味に大声で言い募るジョゼフを尻目に、マリーは席を外した。
食器を厨房に運んで、そのまま退室しようとすれば、まだ兄が妹の名前を呼んでいる。
ふうとため息をついて、マリーは応接の間に向かった。