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くちびる同盟  作者: 風見 十理
二章 頬に手を添えて
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28.いい子



 失礼なことと言われて、マリーの頭の中にはデジレの様々な言動が思い浮かぶ。しかしそれを初対面の、しかも彼の姉であるカロリナに言う度胸はマリーにはなかった。

 苦笑いをしてごまかすと、カロリナは綺麗に笑う。


「あのね、マリー。デジレはちょっと真面目すぎるけれど、とてもいい子なの」


「いい子?」


「ケーキを食べているときに、私が先に食べてしまってデジレのケーキをじっと見つめていたら、私にまるまるくれるし。私の嫁ぎ先の侯爵家にもよく顔を出してくれて、必ず旦那様に私の好物を渡してくれるのよ。いつもね、姉の私に気を遣ってくれて」


 カロリナに言われた場面は自然と頭に浮かんだ。また、デジレがそうする必要があるほど、目の前のカロリナはなかなかの性格なのだろうとマリーは少し思う。


「あ、姉弟の話になっているわね。女性に対しては……幼馴染以外一緒にいるところは全然見たことがないけれど、誠実なのは間違いないわ」


 誠実な人は、話したこともない相手にキスするのか。マリーは複雑な顔をした。

 ルージュにも、先程のデジレの友人と思われる人たちにも、彼は誠実だと言われたが、マリーにはどうもぴんと来ない。最初の口付けがなければいくらかそうは思えたかもしれないが、初対面の印象が彼女にとっては誠実からかけ離れていた。


「優しい子だから、おかしな女性に引っかかったらどうしようと思っていたけれど。一目見て気に入ったわ! 貴女なら大丈夫ね!」


「あの、わたしは別にデジレ様がどうだろうと」


「デジレをよろしくね」


 強引に手を取られて、詰め寄られては、マリーは頷くしかなかった。

 カロリナはとても嬉しそうに微笑んで、掴んだ彼女の手をぶんぶんと振る。


「最初にも言ったけれど、デジレが馬鹿げたことをしてしまったら私に言うのよ。旦那様でもいいわ。ずっと、応援しているから」


 なんの応援だろう、とマリーはぼんやり思った。

 恋愛の応援なら、不要だ。しかしどうも今日は否定しても意味がないようなので、マリーは黙って従うことにした。


「……ありがとうございます」


「いいのよ、当然だから」


 カロリナは手を離すと、扉に目を向けた。

 扉の向こうでは女性がほとほと困りきった声で奥様、と呼ぶ声が聞こえる。


「そろそろ限界ね。侍女の元に戻るわ。会えて嬉しかったわ、マリー。今後ともよろしくね」


 可憐な笑顔で言うと、カロリナはさっさと扉を開けて、おそらく侍女の名前を呼ぶ。侍女が泣きそうな声でカロリナを呼んで、二人の声はそのまま遠くに消えていった。


 マリーは客室らしい部屋のソファーに腰を下ろす。

 この一日で、デジレの侍従のベルナールや友人、姉のカロリナに、デジレの話を聞いてきた。それはどれもマリーが聞きたいとねだったものでなく自発的に、しかも口を揃えてデジレは良い人だと言う。それを言う彼らは皆笑顔で、どうみてもデジレが好きなようだった。

 マリーとは全く違う。

 マリーにとってデジレは勝手にファーストキスを奪って夢を壊し、よくわからない状況に巻き込んで平凡まで奪った男だ。嫌い、と思わない方がおかしい。

 それでも、今日の言われたことを思い返せば、マリーがおかしいのかと思えてくる。そう考えると、なにかが胸に詰まっているような感覚に陥る。

 ただ、マリーの胸の怒りは間違いない。彼を好きな人に伝えても理解してもらえないだろうが、確かにデジレはマリーを怒らせている。


「……誰かに、理解してもらえないかな」


 ぽつりと呟いて、マリーは俯いた。


 しばらくそうしていると、廊下から早い足音が聞こえてきた。マリーのいる部屋付近までくると、非常に焦った声で名前が呼ばれる。

 誰かはすぐわかって、マリーはそっと扉を開いて廊下を覗いた。誰かを探している様子のデジレはすぐにマリーに気付くと、駆けて近くまでやってくる。その顔には安堵が浮かんでいた。


「ああ、よかった! 見当たらなかったから、何かあったのかと!」


「……何もないですよ」


「大切なご令嬢を預かっているのですから、何かあったらスリーズ家の方に顔向けができません」


 また胸が詰まるように感じ、マリーは顔を伏せた。今は何故か、デジレの顔が見られない。


「さっき。デジレ様のお姉さんに会いました」


「は、姉?」


 わかりやすくデジレが動揺する。


「え、姉って……ここで?」


「姉弟で、仲がいいんですね」


 彼の言葉を無視する形で、マリーは言う。

 デジレはその秀美な眉を八の字にする。


「そうですね、おそらく仲は良い方だと思いますが……姉が何か言いました? 気にしなくていいですからね」


「弟は、デジレ様はとてもいい子だって」


 彼が閉口する。

 マリーは辛くなって、胸元を手で押さえた。


「……好かれるのは、いいことだと思います」


 話す内容の割に、空気が重い。デジレが明らかに何を言えばいいのかと戸惑っているのを、マリーは感じた。

 その後、どちらが言ったのか、帰ろうという言葉で二人は邸を後にした。


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