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くちびる同盟  作者: 風見 十理
二章 頬に手を添えて
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26.大きな硬い手



 うろんげな目でデジレを見るも、彼はなにやら満足げで気付かない。


「そうだ、今回からマリー嬢のお相手探しを本格的に行います」


「大丈夫なんですか?」


「噂ならもう流れに任せていれば良いでしょう。何か言われても、前回に続き私が対応します。今回は私がめぼしい男性に声をかけていくので、貴女はどんな人かを見てください。気になる方がいましたら、合図をお願いします」


 前回のこともあるので、マリーの不安はやはり拭えない。美麗な顔を見つめて、彼女は諦めたように息をつく。


「……わかりました、シトロニエ様」


「デジレです」


「だって、デジレ様ずーっと丁寧な口調じゃないですか」


「それは……」


 つんと顔を背けるマリーに対して、デジレは困った顔で頰を掻く。


「癖もあるのですが、何より私がしたことを考えると、とても気安くお話しできかねて」


「……」


「ど、努力しま……努力する」


 恐らく盟友だろうと言えば簡単に、気軽に話してくれるようになるだろうとマリーは思ったが、言ってやるものかと心の中に留めておくことにした。






 行き慣れたアマンド子爵邸は、今回ばかりはマリーには恐怖の館に見えた。それでも引き返すことはできないので、しぶしぶとデジレの腕に手を添えて、邸の中へと歩を進める。

 息を止めて恐る恐る音楽会会場に入れば、またしても周りからの視線を感じた。預ける手に、やはり力がこもる。

 しかし、今回は突き刺さるような視線ではなかった。むしろ、生温(なまぬる)い。好奇心で見てくるのは間違いないが、どことなく子供が頑張って高いものに手を伸ばしているのを見守るような目にマリーは感じた。

 穏やかになった視線とはいえ、注目を浴びているのは変わりない。それに今回も、前回とは違う風に居心地が悪くて、マリーは腰がひける。

 そうだ、とルージュの姿を探してみれば、彼女は男性に囲まれて忙しそうだった。とても話しかけられる様子ではない。


「誰か、気になる方はいますか?」


 この場で平然と聞いてくるデジレは、きちりとして緊張を感じない。なんだか腹が立って、マリーは彼の方を見ず、何も言わずに首だけで否定した。


「わかりました。これから私が適当に見繕います。……随時誰かは説明するので安心して」


 デジレといて、マリーは安心できたことがない。

 首を巡らせて、目当ての男性を見つけたらしい彼は、ゆっくり足を動かした。仕方なしにマリーもそれに続く。


 デジレが誰かを軽く説明し、声を掛けていく男性たちは、身分も容姿も十分に見えた。彼らは皆楽しそうにデジレと話をし、デジレも社交界用の完璧な表情にほんの少し素を見せていた。会話もデジレの話が中心で、内面を知っている人たちだろうなと、どことなくマリーは感じて見ていた。

 やれ他の女性に興味がないと思ったらだの、やれようやくその気になったのかだの、散々に言われても、デジレは否定も肯定もしない。相手の興味がはっきりとマリーに移ると、彼はすぐさま自分の話題に戻るように話を振った。


 それでも、簡単な投げ掛けまではデジレは止めない。

 デジレはどうか、という問いにマリーが黙っていると、緊張しているんだねと笑われる。

 彼が好きか、という問いに心から首を横に振ると、照れているのかと優しく微笑まれる。

 挙句、心配しなくともデジレがわざわざこうやって牽制しにきているから手は出さない、と言ってきた相手には、マリーは否定もなにもできなかった。

 必死に否定しても、なぜか意図とは違う方向に捉えられて、マリーはすっかり疲れて黙るようにした。


 早く帰りたい。

 デジレの説明や相手の話など聞き流して、マリーは暇を持て余し始めた。

 なにもいじるものがなく、うろうろと視線を巡らせていれば、デジレの腕に目が留まる。腕に添えていた手をするすると彼の手の方向に下げていく。

 以前激しい心拍数を感じられた手首に手を添えると、今回は穏やかなで小さな鼓動しか感じられなかった。残念に感じ、なんとなくそのまま更に腕を伝って手を下げていく。

 デジレの手に行き着くと、まず軽く握ってみる。ぴくりと手が動いたが、その後反応はなくなった。

 彼の手は、厚くはないが大きい。同盟締結時の握手と、夜会の時のエスコートでなんとなく気付いていたが、優美な見た目に反して、非常に硬く使い込んだ手をしている。指を彼の手のひらに這わせれば、指の根元に硬いたこを見つけて、そこをくるくるとなぞった。

 そして、指をするっと絡ませてみれば節々に皮膚が固まったところを見つける。その中で、少し柔らかいところに気付くと、マリーはもう片手でその部分をいじりだした。


 どれだけそうしていたかわからないが、なにやら静かだなと顔を上げると、デジレが黙って見ていた。

 え、と相手の男性を見ても、じっとマリーを見ている。

 まずい、聞いていなかったのがばれたと、すぐにデジレの手を離した。


「ほら、彼女を構ってあげないと。こんなに気を引いているじゃないか」


「……そうですね。今すぐにでも」


 ひとつも男性には目を向けないで、デジレはそれだけ言うと、マリーの手を引いて会場の外へと早足で向かった。



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