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くちびる同盟  作者: 風見 十理
二章 頬に手を添えて
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25.薄暮れの月




 マリーがベルナールと共に邸を出れば、前回と同じくデジレが馬車の前で待機をしていた。彼は少し驚いた顔をすると、流れるように彼女を馬車に促す。マリーは先程のベルナールとのやりとりを思い出して、どこかどぎまぎしながらデジレの手を取って乗車した。

 前回と変わらず、馬車の中でデジレから最長の距離をとったマリーは、慎重に彼を窺う。今日の彼は疲れが顔に出ていて、時々漏れるため息から落胆している様子が見て取れた。

 じろじろ見ていると、デジレと目があう。マリーはさっと目線を彼から外した。


「マリー嬢。お詫びしなければならないことが二件ありまして」


「たった二件ですか?」


「え?」


「あ、別にいいです。それで、なんですか?」


 デジレはしばし口を閉じて、言い辛そうに口を開く。


「まず、ルイのことです。先日からずっと調べていましたが、遂に彼が誰か知ることができませんでした」


「え、なんで調べてるんですか?」


「貴女が私にルイを知っているかと聞きましたよね? 答えられなかったこともありますし、何より貴女が興味を持ったなら、盟友として協力しなければと」


 マリーはぽかんとして、後から彼の言うことを理解した。

 どうやらデジレは、マリーがルイを好きになったと思っているらしい。だからこそ、盟友として調べなければと頑張ったらしい。疲れた顔は、その為の可能性が高い。


「ただ、国内ではルイという名の二十歳前後の貴族は見つかりませんでした。ラモー男爵の夜会の出席者リストを見ても見当たりません。貴族以外とも考えられますが、男爵邸の見取り図を見てもあの夜会で忍び込むのはなかなか難しいと思われます。以上から、誰かがなんらかの目的で、ルイという偽名を使ったと思われます。しかし、この通り誰かもわからなければ目的も不明なもので、貴女に彼を勧められるかというと現状では出来かねて」


「あの、ちょっと」


 放っておくと、長々と語り続けそうなデジレをマリーは手で制す。

 勘違いしている、と彼女はため息をついた。


「わたしは別に、ルイ様が誰だろうと興味ないんです」


「えっ? だって、あんなに喜んで……」


「むしろ誰か知らない方がいいです。お近付きになりたいとは思いませんし、余計なことなので結構です」


 デジレが絶句している。

 簡単なことだ、ルイはマリーにとって恋愛小説上の王子様だった。

 理想は理想で良く、それを現実的にはしたくはない。夢のようにはっきり見えず、夢のようにロマンチックな言葉を、物語のワンシーンのように胸に刻んで、思い出しては少し酔ってみたいだけだった。

 彼が誰か探るなど、マリーの夢を壊すだけだ。

 驚きに固まっているデジレはきっと理解できないだろうな、とマリーは思う。


「それで、もう一件はなんですか?」


 話を促せば、デジレが焦って気を取り直す。


「はい、ドレスの件です。すぐにお手元に届けられません」


「ああ、あの夜会の翌日に早速仕立屋さんがきました」


 マリーは目まぐるしいあの朝を思い出しながら、馬車の小窓より風景に目をやる。


「早急に動いてくれたのですね。姉がよく利用していた仕立屋を覚えていて依頼したのは良いものの、そう早く用意ができるかと叱られてしまいまして。また姉の趣味なので、お気に召すかどうか」


 別にいいのに、とマリーは呟いた。

 そもそもドレスが出来て届けられたとしても、マリーは袖を通すつもりなどこれっぽっちもない。

 勢いで受け取ってしまったクリーム缶も、一切使わずに引き出しの奥に封印してある。一緒にデジレに突き返すつもりだ。


「ドレスが間に合わなくても大丈夫でしょうか。貴女は昔も今も、薄暮(うすぐ)れの月のような女性ですから」


 デジレが柔らかい口調で言った言葉に、マリーは眉をひそめた。

 マリーも先日、デジレが現在の外のように、夜に入りかけた薄暗い空に浮かぶ月みたいだとは思ったことがある。ただそれは彼の誰もが羨むような白金の金髪がそのように見えただけで、マリーは暗闇に紛れそうなブルネットだ。容姿はとても月と例えられるものではない。

 まして、夜の月ではなくてうっすら見える月など微妙だ。


「……どういう意味ですか?」


 デジレは態度を変えずに、微笑んだ。


「薄暮れに浮かぶ月はさほど目立ちませんが、気付く人は気付きます。それに、時間が経って周りがもっと暗くなれば、存在感が強くなりますね」


「はあ」


 褒められているのかマリーは疑問に感じた。

 デジレの様子からすれば、褒めているつもりなのはわかるが、マリーが思っていたものと違う。まず、目立たないという言葉は褒める時には使わないのではないかと思う。

 それに、前回は何も言わなかった癖に、なぜ急に褒め出したのか。相変わらずマリーにはデジレがよくわからない人だった。



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