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くちびる同盟  作者: 風見 十理
二章 頬に手を添えて
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24.ご協力ください




 またしても待っていないのに来た夜会の日に、マリーはため息をついた。

 今回は前回のように惨めになりたくないと、それなりにリディに頑張ってもらったマリーが鏡に映る。

 しかしドレスは持ち合わせがほとんどないので、小物などで誤魔化す。それでも、先日よりはましな部類に入る。


 行きたくはないが準備をしたのは、ルージュに聞いた話のせいだ、とマリーは思った。

 キスの夜会後にルージュと話した後。彼女がふと思いたって、実家が開催する夜会の招待状の返信を確認したところ、シトロニエ家のものが既にあったという。

 つまりデジレは、マリーとルージュが話をしていた頃にはとっくに、夜会にどんどん参加することを決めていたのだ。まず今は間違いなく、あのびっしりと紙に書かれた予定の夜会すべてに参加の連絡をしているに違いない。

 デジレはどうなったって構わないが、参加しなければ夜会主催者には申し訳ない。だからマリーは準備したのだ、と自分に言い聞かせた。


 デジレの性格を表しているかのように、予定表に書かれていた迎えの時間になると、チャイムが来客を告げる。

 誰かはもはやわかっているので、マリーはリディに断って玄関にひとり向かった。前回と同じく玄関には長身のベルナールが待機している。


「お迎えにあがりました」


 マリーがじっと見つめると、彼は姿勢と笑みをそのままにして、小首を傾げた。


「ベルナールさんも、大変ですね」


「はい?」


「これから、ご主人のために何度も来なきゃいけないんですよ。付き合わされて大変ですよね」


「いいえ。私は我が主人の命令のままに動くことが役目です」


 ベルナールは、優しそうな印象を受ける目に少しいたずらっ子のような光を見せた。


「それに、この度の役目は買って出たい程でしたので」


「この送迎ですか?」


「ええ、主人があのようなことをしたご令嬢にどのように対応するのか楽しみで。御者にも会話は案外聞こえるもので、先日は何度笑いを噛み殺したことか。もちろん安全運転には気を遣っておりますので、ご心配なさいませんよう」


 マリーは恥ずかしさに頰を染めた。二人きりだと思って、彼の主人には大分素っ気ない態度で文句を言った気がする。

 本当に楽しそうに話すベルナールは、少し考えて、マリーに笑顔を向けた。


「最初からご存知とは思いますが、我が主人は完璧ではありません」


「そうですね」


 マリーにとってはデジレが完璧など、とても言えたものではない。


「そう、完璧でない。そこを手腕で補って、外からは完璧にみせるのがこのベルナールの役目です。主人が完璧でないからこそ、やりがいがありましてね!」


 興奮気味に話す彼は、本当にやりがいを感じているらしい。変わった趣味だとマリーは思う。


「いわゆる世間一般のデジレ様像のお手伝いをしているのですが、それは外向きの顔です」


 マリーは作った完璧な笑みのデジレをちらりと思い出す。

 あれを最初からずっと見ていれば、行動は置いておいて、完璧に見えたかもしれない。


「デジレ様は完璧ではありません。むしろとても人間らしい人です。怒りもすれば、悲しみもします。その点もまるっと含めて、私は主人が好きですね」


 マリーが見上げると、優しい目が見下ろしてくる。


「できればマリー様も、我が主人を好きになってほしいところですが、無理強いは致しません。ただ、嫌いでない、くらいになっていただければと思います」


「それは……」


「マリー様に嫌われると、我が主人は落ち込みますので。あれでも大分気落ちしておりましたから」


 ベルナールの言葉や様子から、どう見てもデジレが好かれているのが見て取れる。

 なんだかマリーだけが子供のように嫌いと突っぱねているようで、居たたまれなくなる。


「あっ、あの、ベルナールさん」


 もやもやを振り払おうと、勢いよくベルナールに声を掛けたマリーは、何も考えておらず言葉に詰まった。

 なにかないかと考えていると、くちびる同盟のことが頭に浮かんだ。


「ベルナールさんは、デジレ様の相手はどんな人がいいと思いますか?」


 驚いた、という顔を見せる彼に、マリーは慌てる。


「いやあの、わたしがそうなりたいとかじゃなくて、聞いていたと思いますけど、わたしもデジレ様の相手探しを手伝うので。侍従のベルナールさんの意見も大切かなって」


 あわあわとしながら言う彼女に、ベルナールは小さく吹き出した。

 肩を小刻みに揺らしながら、彼は口を開く。


「デジレ様のお相手。そうですね、このベルナールとしましては、主人の完璧でないところを話し合えるお相手が良いですね」


「えっと?」


「つまり、マリー様のようにデジレ様の内面をご存知の方が良いと思います。女性では数える程しかいらっしゃらないのですよ。主人が無自覚に壁を作って見せようとしないのもあるのでしょうが、マリー様は偶然とはいえ軽々とその壁を乗り越えてしまわれました」


「あの、わたしはそんなつもりなくて」


 そう言っても、彼は笑顔を見せるだけだった。


「外面しか知らない方がお相手でしたら、デジレ様が潰れてしまいます。どうかそれを念頭に、我が主人のお相手探しにご協力ください」


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