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くちびる同盟  作者: 風見 十理
二章 頬に手を添えて
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23.ルイとは何者か ★




 机にでんと置かれたとても分厚い本を、デジレは真剣に一ページずつ(めく)っていた。その目は、文字一つさえ見逃すものかといった具合に、隅から隅までじっくりと動いている。


「なんだ、貴族名鑑なんか読み出して」


 集中している彼に、オーギュストが書類をまとめながら声を掛ける。

 デジレの仕事分はすっかり完了して机の端に山積みになっており、いつも以上の集中力が見て取れた。


「私は男性貴族なら詳しいと自惚れていたようなので、もう一度覚え直しています」


 名鑑から一切目を離さずに、デジレが答えた。オーギュストが肩を(すく)める。


「相変わらずわかりやすいな、知らない人物でも言われたんだろう。ほら、誰か言ってみろ」


 ばっと顔を上げたデジレは目を泳がすと、恥ずかしそうに言った。


「ルイ、です。歳は二十歳前後の、私達と同じくらいです」


「御老体と子供しか知らないな」


 自らと同じ答えに、デジレは少々落胆した。改めて名鑑に目を戻す。


「殿下もご存知ないとなると、非嫡出子の可能性も」


「以前その件で一悶着があったから、全て洗ったはずだ。その可能性は低い」


「そうなると、誰かがあえてルイと名乗ったのでしょうか。偽名を使わなければいけないといえば、間者? しかし、マリー嬢に取り入って一体何の得が……」


「ああ、なるほど。デジレのくちびるの君が、その若いルイに会ったから、気になって仕方ないと」


「そうですね」


 あの時のマリーの様子は、よく覚えている。

 うっとりした顔をして、デジレにルイの話を振る時にはとても嬉しそうな笑顔だった。帰りもずっとにこにこして機嫌が良かった。

 それまでのデジレに向けられていた顔といえば、嫌がっていたり怒っていたりするものばかりで、あまりの違いにルイとは何者かと馬車の中でずっと記憶を探っていたのだ。

 何者なのか、とても気になる。なぜなら。


「彼女が彼に会って嬉しそうだったので、くちびる同盟の盟友としては協力を惜しみません。次に会うまでに情報を集めなければ」


「そうか、頑張れ」


 オーギュストは鼻で笑うように言った。

 彼は立ち上がると、意地悪い笑みを浮かべて、彼と正反対に真剣な表情をしているデジレに近付く。


「しかし、会って嬉しそうだったのか。何か言われたのかもしれないな? デジレよりもはるかに上手く容姿を褒めてもらったとか」


 デジレがページを捲る手を止めた。その顔は、今更気付いたというように固まっている。


「……褒めていません」


 ぼそりとつぶやいたデジレに、オーギュストは問い詰めるよう目を(すが)める。デジレは、情けない顔で言った。


「私は、マリー嬢を褒めていないです」


「なにをしているんだ、貴公子の名が泣くぞ」


「あっ、でも思い出の姿はある程度褒めたような!」


「昔は綺麗だったと言われて喜ぶ女性がどこにいる。今を褒めろ!」


 ぐうの音もでなかった。

 デジレはがっくりと本に頭を預ける。

 あの時は頭の中に作戦のことやこれからのことが渦を巻いていて、装いを褒めることなど入る余地がなかった。もちろん言い訳に過ぎず、マリーにも精一杯気を遣っていたはずなので、失態というほかない。


「それとも、彼女が褒めることもできないような容姿だったか」


「いえ、私の周りとはまた異なるタイプですが、可愛らしい令嬢です」


 あっさり否定したデジレに、オーギュストはにやりと笑う。


「それなら、今度連れてこい」


「ご遠慮させていただきます。殿下に会わせようものなら、更に嫌われそうな気がします」


 デジレの周りは社交好きが多いが、マリーはどうみても人の場に出て目立つことを嫌がっていた。

 マリーローズに会わせただけでも呆けていたのに、この国の王太子に面会など、どうなるか。

 既にキスしてしまったことで相当嫌われているのをひしひしと感じるのに、自分が悪いと思いながらも、デジレはマリーにこれ以上嫌われたくはなかった。


「一目惚れで運命の相手、らしいからか?」


 にやにやするオーギュストは、当然デジレが広めた噂を知っている。デジレはため息をついて、改めて貴族名鑑を捲る。

 噂は作戦通りにいった。嘘は一つも言っていないが、あえて誘導したこの噂は、見事に希望の方向に広まった。実際は予想をいくらか超えて、恋物語のようになっている。

 いつの間にやらデジレはマリーに運命の一目惚れをし、泣く泣く一度別れ、夢のお告げで再会したことになっていた。そしてキスから始まる熱烈な求愛をしているらしい。それをはじめて聞いた時は、一体誰のことかと考えてしまった。


 デジレは、名鑑でスリーズ家の項目を見つけて、じっと見つめる。

 この噂に一切否定するつもりはない。

 利用しているのだから当然であるし、自分がどう言われようとマリーがなんともないなら、酷い噂をなんとかするという目的は達成できる。その為なら、夜会が苦手などと言っていられない。

 デジレの一方的な片想いならば、マリーがどう振る舞おうと自由だ。彼女に嫌われても、それはそれでデジレが健気だなんだと盛り上がるだけだろう。


 デジレは今夜の夜会をどのようにするか考えながら、文字を目でたどった。



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