22.一目惚れかも
マリーは、大きく首を横に振って、ルージュへ身を乗り出した。
「それくらいしてくれても当たり前じゃない。わたし、あの人のせいで今めちゃくちゃなんだよ? 普通に、平凡に戻して! もうやだ!」
「まあまあ」
ルージュは口だけでなだめる。
悲しみと怒りがないまぜになった状態で、今にも泣き出しそうなマリーに、彼女は薄く微笑んだ。
「なんとかなるんじゃない? デジレ様の、噂を揉み消すのではなくて、広めきって興味をなくすっていうのは正しいと思うわ。押さえ込んだって、人の好奇心なんて余計に膨らむだけよ」
「その為にわたしは何度も好奇の目に晒されなきゃいけないのよ!」
「ああ、次ってうちの夜会でしょ。知り合いの家でまだ気楽じゃない」
平静な友人に、マリーは頰を膨らます。
ルージュはアマンド子爵家の次女だ。デジレから聞いた時にすぐに気付いたものの、マリーはルージュの家の夜会さえまともに出席したことがなかった。
それにいくら友人の家とはいえ、マリーは夜会にもう行きたくなかった。
「うちも余裕ないのに父さんが楽器好きだから、やけに音楽会開催したがるのよね。まあ、私の婿探しも兼ねているんだけど」
ルージュはさほど興味なさそうに淡々と語る。
「ほらうち、姉妹だから婿養子探さなきゃいけないのよね。だから姉さんが情報集めてギリギリまで婿選定してたのに、あっさりお嫁に行っちゃって。私が婿養子探ししなきゃいけないのよ。別にいいんだけど」
「あ、そっか」
「だから、私的には王太子殿下も、デジレ様もないのよね。王太子殿下は婿に来れないし、デジレ様も伯爵家嫡男だし、どちらもどれだけ優良物件だろうが、婿候補にならないもの」
興味ないから、とルージュはマリーに首を傾げてみせた。口元にはからかうような笑みが浮かんでいる。
「マリーのところは兄さんいるでしょ。別にデジレ様でもいいじゃない。噂で流れに任しちゃえば?」
「無理!」
大きく否定して、マリーはそっぽを向いた。
どうしてわかってくれないの、と胸の中がもやもやする。
ルージュは軽く息を吐いた。
「デジレ様は三年前に舞踏会で見かけた、夜の妖精に一目惚れ。もう一度会おうとするも、彼女はなかなか姿を現さない。気落ちする中、天啓により参加した夜会で運命的にも彼女と再会を果たした彼は、積もった想いによってキスをしてしまう。そこから、彼は彼女を逃すものかとアピールを始め」
「ちょっと待って、なにそれ! 夜の妖精ってなに?」
「マリーのこと。昨日の夜会での噂はこんな感じね。ラモー男爵は不倫とか浮気話も好物だけど、ロマンチックな恋愛は特に大好きだから」
マリーはおかしな悲鳴を、口を押さえることでかろうじて呑み込んだ。
確かにデジレの目的通り、噂の上書きと訂正が出来ているが、恥ずかしすぎる。否定しなければいけないことも多い。
「だから、デジレ様はわたしに一目惚れなんかしてないし、好きなんて一言も言ってないの!」
「どうかな。ほら、恋愛小説でもよくあるでしょう。出会った時から好きだった、って。出会った時はそんな感じ、全くなくってもね」
その展開はないな、とマリーはすぐさま思った。
そういう物語の展開はマリーの好みではあったが、いざ自分が対象となれば話は別だった。
物語といえば、とマリーは思い出す。
「まあ、気をつけるのね。デジレ様の作戦で、マリーには誰もなかなか近付けないと思うけど、彼はマリーの思っている以上に人気者よ。近付けないと気持ちが抑え込まれて、苛々している人もいるだろうからね。デジレ様の側にいれば大丈夫だろうけど」
「そういえば、実は本当に物語みたいなことを言われたの」
思い出すたびにほうと息が漏れる、暗闇に浮かぶ、青年の姿。声しかはっきりとした情報は得られなかったが、それだけでもマリーには十分だった。
「王子様みたいだった」
急に落ち着いたマリーに不思議そうな顔を向けるルージュに、マリーはルイについて語り始めた。




