20.次の参加
行きと違って、帰りはマリーには早く感じた。
デジレが帰りの馬車の中ではほとんど話さないのもあり、マリーは風景を見ながらルイに言われたことを思い出してはにやにやしていた。
あのほんの一瞬のようなやりとりは、最近デジレに破壊され続けていたマリーの理想そのもので、疲れ果てたマリーがルイの言葉に逃げるのは仕方ないことだった。
だからこそスリーズ邸に到着して、マリーは開放感にほっとした。
「これでなんとかなりますよね」
これで終わりだと思うと、自然と笑顔が浮かぶ。
もうめちゃくちゃだったが、なんとかこなしたのだとマリーは安堵しきっていた。
デジレだってもう行かなくて済むなら、良いに違いない。
そう思って振り返ったデジレは、いつも以上に真面目な顔だった。
「いや。お手数ですが、私とまたしばらく夜会に出席してもらいます」
「え、どうして?」
マリーは予想外なことに目を点にした。
「噂がその通りだと、他人に思わせなければいけない。人は自分の目で見て間違い無いのだと判断し、それが当然のように何度も見たのなら、興味を失うものです。本日の夜会に出席してなかった貴族もいますから、彼らにも目に付くよう立て続けに出席します」
デジレはベルナールから一枚の紙を受け取る。
差し出された紙を受け取って目を通すと、そこには日程と夜会の予定がぎっちりと書き込まれていた。
「あまり間が空かない方が良いので、そこに書いてある夜会全てに出席します」
全てと呟きながら見る夜会予定表は、三日にあげず書かれている。
マリーの手が震えた。
「無理です! こんなに出なくても、噂をなんとかしてください!」
「申し訳ありませんが、とにかく人目に触れ続け興味をなくすことしか私には思いつかないのです。何か別の案があれば教えてください」
どうして被害者側が対策を考えなくてはいけないのだ。
代替え案など思いつかないことを棚に上げて、マリーは憤った。
「次回以降は今回ほど注目を浴びなくなるはずです。声をかけてくる者の対応一切は私がしますので、貴女はいるだけで構いません。それに、貴女のお相手探しもあります」
「たしかに相手探しお願いしますって言いましたけど! だいたい、あんなわたしを好きみたいな噂の訂正しちゃったら、わたしの相手探しと矛盾するじゃないですか!」
「それは、問題ないでしょう。貴女に想い人がいるのに気付き、私が貴女を想い身を引いたとか、流れの修正はいくらでもできます」
そうじゃない、マリーは歯軋りした。
色々言っているが、事は単純だった。マリーはもうデジレと夜会なんて行きたくないのだ。
なんとかデジレが悟って止めてくれないかと考えて、マリーは大きな声を上げる。
「無理ですって! 着ていくドレスもありませんし!」
「……ドレス」
「そうです、こんな格好……!」
どこかくたびれている自分のドレスをマリーはぎゅっと握る。
夜会に行った時、自分が惨めだと思った。全くこういうドレスを着ないといっても、マリーは女性で、それなりの矜持はあった。
もうあんな思いはしたくない。しかしマリーは必要なくて、まともなドレスなど持っていなかった。
「ならば、私がドレスを手配しましょう」
「は?」
「迷惑料だと思ってください。他に必要なものがありますか? 私は女性には詳しくないもので、なにかありましたら教えてください」
首を横に振って拒否するも、デジレはもう必要なものはないと捉えたのか、ひとつ頷いて馬車に乗り込んだ。
「では、準備がありますので今日はここで。必要なものを思い出したらいつでも言ってください」
「別にいらない……」
「次はアマンド子爵家の夜会ですね。またお迎えに上がります。……マリー嬢、おやすみなさい」
デジレがベルナールに合図すると、馬車が動き出す。
見送るつもりはないのに、その馬車が見えなくなるまでぼうっと見つめていたマリーは、おやすみなさいと返せなかったことに気付き、すぐにどうでもいいことだと頭から飛ばした。
 




