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くちびる同盟  作者: 風見 十理
一章  あなたを見つめ
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17.出会いの思い出



「おおー! やはり君がデジレ君か!」


 男爵が、子どものようにはしゃいだ声を出して、デジレの手を強く握る。


「此度は急な参加にも関わらず、許可していただきありがとうございます」


「いやいや、デジレ君のおかげで今夜は大盛況だよ。開催ぎりぎりまで参加希望が絶えなくてね。感謝しなければいけないのはこちらの方だ」


 大層機嫌が良い様子で、男爵が大きな笑い声をあげる。

 そして、ちらりちらりとマリーを興味津々と見てくるものだから、彼女は縮こまった。


「なにせ、君は今噂の的だからね。先日の夜会で、堂々と口付けしたという。で、その彼女が例の彼女かね?」


「はい。紹介させてください。マリー・スリーズ子爵令嬢です」


 マリーはためらいながら小さく礼をした。

 男爵が予想が当たったと言わんばかりに嬉しそうに笑う。


「いやまた、可愛らしい令嬢じゃないか。デジレ君のような美男子が誰を選ぶかと言われていたが、なるほど」


 いやらしい目ではないものの、あまりに好奇の目を向けられて、マリーはじりじりと後退(あとずさ)る。

 男爵は豊かな髭を撫でながら、今度はデジレにきらきらした目を向けた。


「それでは、ここにいる皆が気になっていることをお聞かせ願えないかな? なぜ、あの夜会で、君がそこの令嬢に口付けたのか、を」


 にわかにマリーは緊張した。場の空気も息を呑むようにしんとしている。思わずデジレの腕を握る手に力が入る。

 なんと言うのだろうと心配になって見たデジレは、依然として笑顔の仮面を崩してはいなかった。


「あれは。彼女を見た途端、身体が勝手に動きました」


 え、という声を、マリーはなんとか呑み込んだ。

 マリーが聞いた通りに答えるデジレに、驚愕する。一瞬、会場もざわついた。

 こんな答えで良いのかと思えば、男爵は続きを催促するような期待の目をしている。


「なにせ、三年ぶりに出会いましたから」


「なんと、以前会ったことがあると?」


 男爵以上にマリーが驚いてデジレを見る。

 しかししばらくして、そんなわけがないと息をついた。きっと噂の調整の創作だろう。


「ええ。少し、出会いを話してもよろしいですか」


 男爵が首を思い切り何度も縦に振る。

 マリーはちょっとだけどきどきしながらデジレの話に耳を傾ける。

 彼は思い出すように静かに目を閉じて、ゆっくり語り出した。


「あの時三年前の夜会は、舞踏会でした」


「おや、君は全く夜会に出ていなかったじゃないか? 前回も今回も驚いたよ」


「あの時は姉にせがまれ、付き添いで参加しました」


 話の腰をさっそく折られても、デジレはにこやかに返事をする。


「姉を彼女の目的の方にお任せして、見つけた友人のもとへ退散した私は、舞踏会の熱気に火照った顔を冷やすために彼と中庭に出ました」


 デジレはその耳になじむ声で朗々と語る。マリーはまるで物語を聞いているように感じ、聞き入った。


「中庭に出たのは、偶然でした。静かな薄暗い中、友人と軽く話をしていた時です。少女の泣き声が風に流れて聞こえてきました」


 話の流れでは自分であるはずなのに、泣いていた少女は誰だろうとマリーは思った。同時になにか、記憶の引っ掛かりを覚える。


「どうやら中庭で少女が泣いている様子で、私達は気にかかり、彼女を探しました。すると、木の陰でうずくまって泣きじゃくる彼女を見つけました。夜にうっすら溶けるブルネットに、ぼろぼろと涙がこぼれる大きな青い目。私が彼女は誰かと、友人に尋ねたところ」


 デジレがマリーに一瞬目を向けた。


「マリー・スリーズ子爵令嬢、だと」


 そんなはずないのに、マリーは愛を告白された気分になって真っ赤になった。

 男爵が興奮した面持ちで彼らを見て、それでも黙って聞いている。


「なかなか泣き止まないので、声をかけようとしたときでした。おそらく彼女の身内の男性がやってきて、手を引いて彼女を連れて行きました。私はそれを黙って見送ることしか出来ませんでした」


「あ!」


 マリーが大きな声を出してしまい、慌てて口を手で塞ぐ。

 どこかで聞いたことがあると感じていたが、思い出した。

 マリーは、三年前の舞踏会に一度だけ出席したことがある。


 縁がある伯爵家主催で、父が出席し、兄のジョゼフとマリーは留守番のはずだったのだが。あの時のマリーは酷い悪夢を見て心細いと、いい歳なのに父に縋り付いて泣きわめき、どうにも引きはがせなくて困った父が、ジョゼフと共にいることを条件に連れて行ってくれたのだ。

 実際に行ってみると、デビュー前で慣れないせいか舞踏会の人の多さと眩しさに酔い、すぐさま中庭に逃げ込んだ。父が迎えに来るのを待つまで中庭に大人しくしていようとしていたのに、手をずっと繋いでいたジョゼフは退屈で(たま)らなかったらしく、ちょっとだけと言ってどこかへ行き、帰ってこなかった。

 夜の暗さに、より所もなくなって、悪夢が思い出されて、マリーはひとりわんわん泣いたのだ。


「その後、私は舞踏会が終わる寸前まで、彼女がいないか探しまわりましたが、再度見つけることは叶わず。彼女の姿と名前の記憶を抱いて、帰路につきました」


 それはそうだ。

 しばし泣いていると、父がやってきて手を引いてくれた。そしてジョゼフを見つけると叱り飛ばし、三人でさっさと邸に帰ったのだから。

 しかし、なぜそのことをデジレが知っているのだろう。事前に調べたとしたら、準備が良すぎる。

 マリーは首を傾げた。


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