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くちびる同盟  作者: 風見 十理
一章  あなたを見つめ
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15.マリーローズ・プリムヴェール




 賑やかな話し声がする会場の扉が開かれると、途端ぴたりと声が止んだ。

 一気に突き刺さる視線に、ひっと声を漏らして、マリーは両手でデジレの腕を抱くようにつかむ。彼はマリーを一瞥(いちべつ)もせず、歩みを進めた。

 会場の中に入っていけば、ひそひそとした小声が湧いてくる。参加している全員が、マリーたちを見ながら何かを話しているように見えて、彼女は背筋が凍った。

 (すが)っているデジレを情けない顔で見れば、彼は先程までの感情はどこへ言ったのか、落ち着き払っていてまさに貴公子だった。


「前を向いてください。この視線は貴女ではなく、私に向けられたものです」


 目線を逸らさず、デジレが小声で言う。


「なんせ、先日の夜会について尋ねてきた全員に、この夜会を案内しましたから」


「ええ?」


 確かに会場の大きさの割には人が多くないかとは思った。しかし余計なことを、と思っている余裕がマリーにはなかった。

 なんとか前を向くと、さまざまな人と目が合っている気がして冷や汗が止まらない。目線を変えても、どこを見ても、目が合って話題にされているように感じる。いや、実際そうなのだろう。

 それは例の噂かもしれないが、マリーの姿のことかもしれなかった。


 シャンデリアが輝く会場には、色とりどりのドレスを着た令嬢がきらきらとしている。皆、美しく髪を結い、最先端の華やかなドレスを着て、綺麗に化粧を施していた。

 対するマリーといえば、デジレへの抵抗だといって、地味も地味な格好だ。

 デジレが少し恥をかけばいいと多少思ったことは否定しない。しかし、彼はマリーが隣にいても堂々としている。一番恥をかいているのは、マリー本人だった。

 恥ずかしくてその場でうずくまりたいが、デジレに引かれては前に進むしかない。無理矢理心を奮い立たせて、マリーは前を向いた。


 同じような年頃の令嬢たちは、マリーとは違って女性らしくてお洒落で、とても綺麗な人ばかりに見える。特に目の前に見える、赤い華やかなドレスを着こなした、甘い桃色掛かった金髪の女性は、後ろ姿さえため息が出るほど美しくて、目を奪われる。

 見つめていたからか、彼女が振り返っま。

 サファイアのような大きな目に、形の良い鼻と、可憐な口。あまりにも整っている美貌に、マリーは呼吸を忘れた。

 彼女が、その花びらのような唇に子供がいたずらをしかけた時の笑みを浮かべる。え、と瞬きすると、彼女の口元は淑女然とした綺麗な孤が描かれていた。

 見間違いだろうかと目を擦ると、彼女がマリーの方に向かって来るのがみえる。驚いて、マリーは身を縮こませた。


「ごきげんよう。デジレ様」


 彼女が軽く礼をする。その所作も流れるように美しい。

 鈴を転がす声とはこういう声かとマリーが感心する。


「ごきげんよう、マリーローズ嬢」


 デジレの返答に、マリーは固まった。

 彼女――マリーローズは綺麗に笑い声を漏らした。


「こんな社交の場であなたとお会いできるなんて、珍しいですわね。とても不思議な感じがいたします」


「私も同じ気持ちです」


「まあ。社交の場のあなたも興味深いですわ」


 笑うマリーローズは、嫉妬も出来ないほど麗しい。デジレも口元を緩めており、マリーは彼と今までどうやって話していたかわからなくなるほど、彼が美しさに輝いてみえた。

 話す二人は、もはやそこにいるだけで絵画のようだった。天上人といわれるのも、頷ける。高い次元でお似合いすぎる二人を、マリーは鑑賞者のようにぽかんと見つめていた。


「それで、そちらのかわいいご令嬢が噂の方? ご紹介してくださらない?」


 話の先が自分に移り、マリーははっと意識を戻す。


「はい。こちらはマリー・スリーズ子爵令嬢です。マリー嬢、彼女はマリーローズ・プリムヴェール公爵令嬢です」


 存じています、とは言えなかった。

 マリーローズはマリーの名前を聞いた途端、サファイアの瞳を煌めかせて、マリーの手を両手で握った。


「まあ! あなたがわたくしと同じマリーね?」


 同じじゃない!

 マリーは叫びたかった。

 確かに呼び方はマリーで一緒かもしれない。女性で、年も同じかもしれない。身長も見た感じでは同じくらいかもしれない。

 だけど、それ以外は雲泥の差だ。

 少し桃色が入っていることが自慢のブルネットなんて、桃色が鮮やかに金髪と混ざり合っているマリーローズの髪に遠く及ばない。どこにでもありそうな青い目は、宝石もかくやという美しさのサファイアの瞳に敵うわけがない。子爵令嬢と公爵令嬢なんて、比べるまでもない。

 まさにマリーローズは大輪が咲き誇る『高嶺の薔薇』だ。マリーなんて彼女に比べれば『道端の野薔薇』どころか、道端の変哲も無い小石である。野薔薇と表現してくれた人に感謝したいほどだ。


「ずっと会いたかったわ。同い年と聞いていたのに、なかなか夜会に出られないから」


 あまりの衝撃に、マリーは今まで夜会に出なくてよかったと思った。社交界でマリーがマリーローズを指すのは、当然だとも思う。

 マリーローズは、マリーに微笑んだ。


「わたくしのことは、マリーとは呼びにくいわね。でしたら特別に、マリーにはわたくしをローズと呼ぶのを許すわ。ほら、呼んでみて?」


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