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くちびる同盟  作者: 風見 十理
後日談
135/139

スリーズ家の夕食②



 スリーズ家の、食事する部屋はこじんまりとしている。当然、その部屋にある机も小さくなる。

 ただでさえも狭い。そこに、それなりに大柄と自覚しているジョゼフと、そんな彼をあっさり打ちのめしたことがあるしなやかに鍛えている青年が並ぶとどうなるか。腕がぶつかりそうなほど近くて、居心地がひたすら悪い。

 一方、隣の白い金髪の美青年は、ジョゼフを気にした様子がない。配膳するマリーに嬉しそうに感謝の言葉を述べている。育ちが良いというのか、姿勢良く座っている姿になぜか苛立ちを覚えていると、ジョゼフの前にも食事が運ばれた。


 ビーフシチューと、パンと、サラダ。

 こってりした深い茶色をみせるシチューには、肉の塊がぷかりと顔を出していた。いつもは肉は高いからと全く使ってこなかったはずなのに、豪勢だった。よく見ると、具もいつもより多い。

 パンとサラダは特に変化はないか、と隣のデジレの分を見てみる。同じメニューだが。


「なあマリー。こいつのほうが、シチュー多くない?」


「同じ量で分けてるよ」


 デジレの目の前にあるジョゼフと同じはずのシチューには、肉が何個も顔を出しており、具もより多く見える。


「いやなんだか、パンもあっちの方が大きいし、サラダも心待ち新鮮じゃ」


「気のせいでしょ?」


 不思議そうな声でマリーが答えるが、気になるとどう見ても平等には見えなかった。何度も何度も、自分の分とデジレの分を見比べる。

 しばらくそうしていたが、最初の量など関係ないのだったと、ジョゼフは思い直した。


「まあいいか! 食べ終わったらいつも通りおかわりするな!」


「兄さん、今日はおかわりないよ」


 上がった気持ちが、瞬間に下落した。

 それはそうだ。普段の分を作れば、ジョゼフがおかわりできる量はあったはずだが、今日は若い男がひとり増えている。その分を回せば、おかわりなど残るはずがなかった。

 ジョゼフは隣のデジレの食事を、恨めしく睨む。

 すると、隣からビーフシチューの器が、じわじわとジョゼフの方に寄せられてきた。なんだと不思議に思って器を押す隣の人物に顔を向ければ、デジレがなにかに堪えるよう顔を歪めていた。


「……断腸の思いですが、こちらを」


 ジョゼフはデジレからのビーフシチューを見た。また、苦しそうなデジレを見た。もう一度シチューに目をやって、机を手のひらで叩いた。


「いらん! 分けられたものは食え! それとも、うちの妹の手料理は食べられないとでも言うのか!」


「いえ! 食べます! 手料理が食べられるなんて、幸せすぎて死にそうです!」


「おまえっ! 死んだらマリーが悲しむだろうが!」


「申し訳ありません、言葉のあやです! 全身全霊で長生きします!」


 寄せられていた器がさっと持ち上げられて、デジレの前に戻される。彼はもう誰にも譲らないという意思表示なのか、パンもサラダも身体に寄せる。


「兄さん……」


 デジレの前に座ったマリーが、俯きがちでたしなめるように声を出す。ちらりと向けられた目は、軽く怒っていた。

 悪いことはしていないのに、とジョゼフは首を傾げる。マリーはふいと彼から視線を外して、デジレに向き直る。照れた笑顔だった。


「あ、デジレ様。大したものではないですけど、冷めないうちにどうぞ」


「もちろん、いただきます」


 デジレ目がきらきらと輝いている。彼がスプーンをつかんだ時、ジョゼフは負けじと自分のスプーンをつかんで、すぐさまシチューを口にした。熱くて舌が引っ込んだ。

 なんとか飲み込み、ひりひりする舌のままジョゼフはデジレを凝視する。彼はシチューをひとすくいして、宝石を眺めているのかと思うほどうっとりと見つめ、ゆっくりと口の中に運んだ。

 目を閉じて、じっくりと味わい、こくりと喉を鳴らす。瞳を開けたデジレは、スプーンを置いて、すぐに顔全体を輝かせた。嬉しくて堪らないと子どものような無邪気な笑みを浮かべて、マリーの方へ身を乗り出す。


「マリー、今まで食べたシチューで一番美味しい! 世界一だ!」


「えっ、そんな。良い素材を使ったわけじゃないですし、普通だと思いますけど」


「普通でもなんでもいいんだ。私が世界一美味しいと思ったから、私にとってこのシチューは世界一だ」


「そう、ですか。……デジレ様の世界一、で嬉しいです。ありがとうございます」


 マリーがもじもじと照れながら、口元を緩めてシチューを口にする。ジョゼフも息を吹きかけて、また食べてみた。

 芳醇な香りに、ちょうど良い濃さと旨味が凝縮されたシチュー。確かに美味い。


「このサラダも、すごく甘い!」


「洗って切っただけなんですけど……」


 そう言いながら、マリーがサラダを口に運ぶ。その口は、控えめに小さく開かれており、上品に咀嚼した。

 普段のマリーはもっと、大口開けて食べていた。もぐもぐと遠慮なく口内を動かしていた。なんだこの控えめさは、と思いながらもジョゼフは凝視する。

 マリーが食べ終わり、ふんわりと笑った。


「本当ですね。甘い、です」


「やっぱり?」


 お互い嬉しいと顔にわかりやすいほど出して、相手と見つめ合っている。

 ジョゼフは口に入れたものがだらだらとこぼれそうになって、慌てて飲み込んだ。美味いと思ったはずのその味は、なにも感じなかった。


「……仲がいいな」


 ジョゼフの正面ですっかり空気になっていた父が、ぽつりと呟いた。

 なぜか目が離せないふたりは、またなにが美味しいと話して、同じ料理を同じタイミングでつついている。そして、幸せそうに笑い合う。

 ここはジョゼフの家であるはずだが、新婚夫婦の新居に邪魔してしまったかのような感覚がする。

 先程から食べるものすべての味が薄い。いや、甘い。


「……父さんも、昔母さんとあんな感じでな」


 やめてくれ!

 幸せを周りに撒き散らしている妹たちを見るのも、母との馴れ初めを語り出しそうな父の話を聞くのも、お腹いっぱいで入らない。

 ジョゼフは食事に無理矢理集中すると、残っている料理をすべてかき込んだ。


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