婚約のあれこれ③
「まあ、もうマリーを悩ませないでくださいね。答えづらい相談は苦手なんです。でも、泣かせたら、許しません。有る事無い事マリーに吹き込んで、引き離しますよ」
ルージュの目が、鋭く光った。
デジレはそれを聞いて、笑みを深める。
「大丈夫。もういろんな人に言われているんだ。マリーを泣かせたら、私は塵も残らないと思う」
そう言う彼は自分が悲惨な目に遭うと言っているのに、大変幸せそうで、マリーはつい焦って彼の腕をつかんだ。
最近浮かれ過ぎて、デジレは頭がおかしくなっているのかもしれない。
彼女に気付いて落とされる目は、やはり嬉しそうに細められている。
「デジレ様、なんでそんなこと言われて嬉しそうなんですか!」
「だって、マリーが好かれているということじゃないか。こんなに嬉しいことはないよ」
あっ、と声が出そうで出なかった。
マリーも同じことを思ったことがある。自分が好きな人が、周りからも好かれているとるわかると、なぜかとても嬉しく満足する。恋愛対象以外で。
デジレの腕から手をゆっくりと離して、マリーは今度は彼の手をぎゅっと握る。
「わたしもう泣きませんから、塵にならないでくださいね」
「そんなつもりは全くないから安心して、マリー」
「デジレ様。早く要件終わらせて退席したいので、さっさと紹介して貰ってもいいですか? 熱く見つめ合うのはその後でお願いします」
ルージュの平坦な声に、マリーは真っ赤になってデジレから離れた。触れた手をもじもじ擦り合わせながらお願いします、と小声でデジレに伝えれば、彼が微笑む。
「ああ、マリーから聞いている。彼を、連れてきているよ。まあ、何もしなくてもいつも傍にいるのだけれど」
はい、とデジレが後ろを見えるように横にずれる。彼の斜め後ろに控えていたベルナールが、はっきりとマリーたちの目の前に現れた。
ベルナールはきょとんとして後ろを振り返るが、何もなかったようで首をかすかに捻った。
「彼が、ベルナール。私の侍従をしている。幼い頃からの長い付き合いだから、性格は保証するよ。恋人もいないし、どうかな?」
にっこりと笑うデジレに対し、隣のベルナールは眉をひそめて主人を含む周りを確認し、何かに思い当たったのか彼には珍しく気色ばんだ。
「デジレ様!」
「ベル、こちらルージュ嬢だ。どう?」
「いやいや、いきなりなんの冗談ですか!」
「以前ベルをマリーに紹介したじゃないか。でももうマリーは絶対に譲れないから、ベルには悪いことしたなとずっと思っていたんだ。ほら、彼女は私のおさがりではないよ」
「あれを根に持たないでください!」
何やら含みのある楽しそうな笑顔をしているデジレと、本当に焦っているベルナールが言い合っている。
こちらはどうだろうか、とマリーは隣のルージュを窺うと、彼女は真剣な顔で顎に手を当てベルナールを観察していた。
「ね、マリー。このベルさんが、例の伯爵家の三男?」
「うん、そう」
「え、すごくない?」
彼女のはしばみ色の瞳の奥が、きらりと輝いた。
「普通に格好いいし、優男系だし、長身。歳もいい感じ。名門シトロニエ家の嫡男の侍従やってて、賢さも要領も良いと判断できるし、人柄はマリーとデジレ様の保証付き。注目すべきは、この二人が無意識にいちゃいちゃしていても黙って傍に控えられる忍耐力よね。婿として完璧じゃない?」
早口で言いながら、花に近付く蝶のようにふわふわとベルナールに近付いたルージュは、いつもの冷静さを捨てて、目が爛々と輝いている。
ルージュが気に入った本や出来事があった時に見せる顔だと、マリーはわかっていた。キスの話をした時も、同じ顔をしていたのだから。
「ベルさん、うちに婿に来ませんか」
「はっ?」
ベルナールが彼らしくない抜けた声と抜けた顔を見せる。しかし瞬時に取り繕った。だが、笑顔ではなく、硬い顔だ。
「いえ……その、家のことがありまして、そういうことは勝手には」
「フィグ伯爵家ですよね。長男はもう爵位を継いでいて、男子三人いますし、次男は長男の手助けをしていますよね。伯爵家は盤石じゃないですか」
「よ、よくご存知で。……勝手を許されても、私は一生デジレ様にお仕えする所存ですので、申し訳」
「ああもう、全然大丈夫です。一生お仕えしていてもいいです! 名前だけ、名前だけちょっと変わってくれればそれだけで!」
「……結婚だとか、そういうことは今考えられないので」
「じゃあ今から考えてください。要望あればなんでも言ってください! 対応します!」
ぐいぐいと押していくルージュと、たじたじで後退しながら彼女と目を合わせないベルナール。こんな光景が見られるとは、とマリーが思っていると、デジレに呼ばれた。
彼のもとに近寄り、顔を上げる。デジレは柔らかい笑みを浮かべ、ベルナールたちに顔を向けた。
「ベル、しっかりお互いのことを知るべきだから、向こうの部屋でゆっくりと話すといい。私たちは別の場所でゆっくりしているから」
「デジレ様! 私が邪魔だからって!」
ベルナールが悲鳴のような声を上げる。デジレはそんな彼に、なにやら満足そうだ。
「いや、幸せを分けてあげようと思って」
「結構です! デジレ様が幸せなら、私はそれでいいのですよ!」
デジレは軽やかに笑った。
彼に促されるままマリーがその場から離れていけば、ベルナールがデジレを呼ぶ声と、ルージュがベルナールに話し掛ける声が遠ざかっていく。ちらりと彼らを振り返って、マリーは小さく笑った。
「二人、どうでしょうか。ルージュはかなり本気みたいですよ」
デジレが軽く肩を竦める。
「どうだろう? 侍従は主人に似るらしいから、簡単にはいかないんじゃないかな」
それなら大変だ。
そう思って、マリーは吹き出した。




