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くちびる同盟  作者: 風見 十理
後日談
124/139

婚約のあれこれ①

マリー視点




 暖かな陽気が、ほんの少しだけ顔を見せ始めた頃。

 王太子オーギュスト・ド・グルナードとプリムヴェール公爵家のマリーローズ・プリムヴェールの婚約が公表された。

 同日、その影に隠れるようにデジレ・シトロニエとマリー・スリーズの婚約も公表された。




 大きな役目を終えてようやく一息つけたマリーは、久し振りにルージュに会いに来ていた。

 マリーは出された菓子に遠慮なく手を伸ばし、もぐもぐと頬張る。目の前にルージュがいる気を張らない環境に余計な力が抜けているのか、菓子の味がとても甘く感じた。


「もっとこう、婚約って難しいと思ってた」


「婚約ってマリーの?」


「うん。だって相手は有名なデジレ様だし、わたしは貧乏貴族の娘で平凡だから、絶対に周りからいろいろ言われると思ってたの」


 デジレとマリーの婚約は、あっさりと、何の障害もなく結ばれた。


 勢いで求婚を承諾してしまったが、やはりマリーは身分差や立場などが気になって仕方なかった。もちろん後悔などしておらず、なんとかするとマリーローズには言ったものの、方法はやはり思い浮かばない。

 もしもどうしようもなければ、そんなしがらみを捨て去って、デジレと一緒にいようと覚悟はした。しかし今までのことを思えば、たくさんの応援してくれた人々に心から祝って欲しく、デジレにいらない後ろめたさを感じて欲しくなかった。


「でも、デジレ様側って大歓迎だったんでしょ」


「うん」


 紅茶で口内を(うるお)し、マリーはぼんやりと思い出す。

 親に挨拶しに行こうという話になり、早速とデジレにシトロニエ邸に連れていかれたのは、気持ちが通じてから二日後だった。


 彼の母親には会ったことがあるが、父親である伯爵には会ったことはない。彼の後継たる息子が、こんな平凡でさしたる特徴もない、貴族の末席の娘を連れてきたらなんと言うだろう。考えれば考えるほど悪い予想しかできず、デジレが大丈夫と笑顔で言っても、マリーは心配と緊張でいっぱいだった。


 デジレが伺いを立て、扉を開ける瞬間は、オーギュストに会う時よりも怖かった。

 目の前に広がった空間で、マリーは真正面に座っている男性としっかり目が合った。

 デジレの父親である伯爵だと、すぐにわかった。彼と全く同じ色の、白く輝く金髪に、エメラルドのような瞳。整い過ぎている顔もそっくりで、親子と疑いようがない。息子の存在から考えてもそれなりの年齢であるはずなのに、全くそれを思わせない美しい顔をしていた。

 ただ、デジレとは纏う雰囲気が違った。怖くはないが慣れないその雰囲気に、マリーの身体ががちがちに強張った。


 デジレに促されて部屋に入り、視線をひしひしと感じならも、悩んで選んだドレスを掴んで挨拶を述べる。礼をして、そろそろと顔を上げれば、また伯爵としっかり目が合った。


『嫁だ!』


 急に顔を輝かせて、伯爵が叫んだ第一声がこれだった。

 マリーが想定外の彼の反応に戸惑っている間に、彼はマリーの手を取ってぶんぶんと振りながら、ありがとう、よく来てくれた、と何度も言って喜色満面だった。

 デジレが焦った声で彼を(とが)めて止めると、彼は今度はデジレに飛びかかった。よくやった、と伯爵に言われながら揉みくちゃにされているデジレを、マリーは唖然として見ているしかなかった。

 その彼らをたった一言でおさめたのは、静かにその場にいたアデライードだった。彼女は義母と呼ばれる日を楽しみにしていると、マリーに柔らかく微笑んだ。

 そんな空気の中でなんとか、おずおずと自分で良いのかと伯爵に聞いたところ、デジレが決めた相手ならば誰でも良いので、国内の子爵家令嬢ならなおさら問題ない、ととても良い笑顔で言われた。


「受け入れてもらえてよかったじゃない。でも、マリーの兄さんが反対してるんだっけ」


「うん。でももう、両家で婚約結ばれちゃったから、本当に兄さんがひとり言ってるだけ」


 もちろん、スリーズ家に、スリーズ子爵たる父にもデジレを連れて早々に挨拶をしに行った。


 デジレがはきはきと結婚させてくれと言うのに対し、父親は常と変わらずぱっとしない出で立ちで、ただ黙々と聞いているだけだった。

 しかし、デジレが言い終わった後に、ゆっくりと目だけでマリーを窺ってきた。一言、大きくもないいつもの声で言われた、彼で良いのか、という質問に、マリーは少しだけ間を置いてはい、としっかり肯定した。


『娘が良いと言うのなら、私からは何も言うことはありません。宜しくお願いします』


 そうはっきりと言い、父がデジレに頭を下げた。その姿に、兄のジョゼフの言葉が思い出されて、マリーは何年か振りに父に抱きついて泣いてしまった。思い出すととても恥ずかしい。


 そういう流れで、婚約はマリーの杞憂(きゆう)などそっちのけで(とどこお)りなく整った。


「まあ、もうマリーの兄さんひとり騒いでもどうにもならないでしょ。国王陛下に認めてもらってるんだし」


 ルージュが無感動に、淡々と口にした。目は、何かを諦めるように遠くを見ている。

 マリーはつい先日の婚約披露会のことが自然と頭に浮かび、苦笑した。


 婚約披露会はいつするのか、と最近なにかと会おうとしてくるマリーローズに聞かれ、高位の貴族は正式にそういうことをするのかと、マリーは初めて知った。

 婚約の公表については、ほぼ同時期に決まったオーギュストとマリーローズの婚約公表と同日に、彼らの後にひっそりとしていた。デジレが王太子の側近という立場から、オーギュストより先に公表できないと主張するので、ならば王太子の婚約という一大イベントの影に隠れて丁度良いとそうした。


 結果として、意味はなかった。

 公表後、どこぞの男爵が我が事のように喜んで情報を広め、当然というように夜会の招待状を送ってきた。出ないわけにはいかず、デジレと出席したが、いつかのような人出で皆に祝われて、マリーにすればまさにこれが婚約披露会状態だった。


 予定はない。デジレに首を(ひね)って見せれば、マリーローズの目が光った。それならば一緒にするかと、身を乗り出して提案してきた。

 マリーは目を点にした。デジレがすぐに賛成した。オーギュストが盛大に不満の声を漏らした。

 その後は賛成するマリーローズとデジレと、反対するオーギュストが言い合いをはじめた。マリーはその様子を他人事のように眺めながら、なぜ自分はこの三人と同じ場にいるのだろうと今更不思議に思った。

 最終的に婚約者と側近に色々な面で敵わなかったオーギュストは、折れた。


 こうして、王太子の婚約披露の場にマリーもデジレと立つことになり、まさかの国王から来賓に向けて婚約を発表されるということになった。


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