122.告白の返事
デジレが、息を整え、改めて口を開く。
「好きだ。気付いた時からずっと伝えたくても、うまく言う機会を逃した。会いたくて、伝えたくて、できることをして、ずっと待って。失恋したと聞き、迷惑かもしれないと思っても、止められなかった」
そうだ、とマリーは思い出した。
好きと言われても、まだ喜べない理由がある。マリーは震えそうになる唇を叱咤して、言う。
「失恋って、デジレ様は、ローズ様が好きなんだとばかり」
「何を言っているんだ?」
デジレが、首を傾げる。聞いたこともない言葉を聞いたかのような、純粋に理解ができないという顔をしていた。
マリーも首を傾げる。
「……キス、してたじゃないですか」
「ああ、あの時の誤解か。していない。キスはマリーとしかしていないし、今後もマリーだけだ」
すごいことを言われた気がしたが、まだ気になることはある。
「え、だって、マリーって愛情込めて呼んでましたし」
「あれは最後にもう一度呼んでほしいといわれたからで、もう呼ばない」
「え?」
「まあいい、この話は後で」
今はどうでもいいことだとばかりに、デジレが話を切る。
マリーにはとても大切なことだったが、全てあっさり否定されてぽかんとする。
全てマリーの勘違いならば、本当にデジレが好きなのはマリーで。マリーが好きなのはデジレだ。すると。
「好きなんだ、マリー。自分勝手だけれど、どうしてもこの気持ちを貴女に伝えたくて、知ってほしかった」
顔を隠したいほど赤くなっていく。一体この人は何度好きと言ってくるのかと、恥ずかしさ紛れにどこかで思う。
「知らせて、どうしたいんですか」
じりじりと実感してくる事実に、恥ずかしすぎて、ついマリーの口からは試すようなひねくれた言葉が出た。それに気付いて口を手で塞ぐも、デジレは意に介さず真顔で答える。
「これから、同じ気持ちを持ってもらえるよう努力する。責任感ではなくて、そうしたい。マリーには俺を好きになってもらいたい。そうしたら間違いなく、俺は幸せだ」
幸せ。
マリーは何度も心の中で反芻する。
もうどうしようもないくらい、マリーの中はその幸せの色に塗り潰されていった。
しかしその時、デジレがマリーの腕を離して一歩下がる。その顔は、覚悟ができていると語っていた。
「嫌なら、ひとおもいに振ってくれ!」
デジレの叫び声が、静かな夜に響く。
二人とも、しばらく動かず、声も発さなかった。
マリーは、わけがわからなかった。なぜ、嫌であるのか、振らなければいけないのかさっぱりだ。
「あの」
恐る恐る沈黙を破れば、ほんの少しの恐怖を滲ませて、デジレがしっかりと顔を合わせてくる。
「どうして、そんなこと言うんですか?」
「マリーは、好きな相手がいるんだろう」
「え、いますけど」
「だから、迷惑ならそうはっきり言ってほしい。はっきり言われない限り、俺は諦めきれない。最近知ったばかりだけど、どうやら俺はとても諦めが悪い質のようなんだ。でも、マリーが嫌だと言うなら……諦めるよう努力する」
本当に悔しそうに、それでも真摯な目でデジレが伝えてくる。
あれ、とマリーは不思議に思った。
「デジレ様が言う、わたしの好きな人って、誰ですか?」
「知らない。マリーが教えてくれなかったし、考えてもわからなかった」
誤解してる! マリーは悲鳴をあげそうになった。
マリーは、デジレが今の流れでもうわかっているものだと思い込んでいた。
デジレは何度も好きと言ってくれたが、マリーは一度もはっきりと言っていない。そもそも、以前一度否定している。
今までのことを考えれば、それではデジレに気持ちが伝わるはずがない。ずっと勘違いさせたままだったのだと、ようやく悟る。
ここまで来ると、どう考えても、マリーが今、デジレにはっきり伝えないと理解してもらえそうになかった。
デジレに好きと言う、と思えば、心臓が激しく音を立てはじめる。破裂しそうだ。結果はおそらく想像がつくのに、それでも恥ずかしくて堪らない。
おかしい。告白は、する方こそ勇気が必要で恥ずかしいものではないのか。返事をする方は同じ気持ちだと、返すだけで良いと思っていた。まさか、返事をする側であるのに、こんなに自分を奮い立たせなければいけないなんて、マリーは想像していなかった。読んだ恋愛小説に、そんなことは書いてなかった。
あと一歩が踏み出せず、うじうじとしていたせいで、デジレが目に見えてしょげはじめた。
また勘違いさせてしまう、とマリーは焦る。さすがにここに至ってこれ以上、勘違いしてすれ違うのは絶対に嫌だった。
「諦めなくて、いいですよ!」
デジレが顔を上げる。マリーが、目を合わせる。
もう、隠さなくていいのだと思えば、覚えていたかのように勝手に唇が動く。
「わたしの好きな人は、デジレ様ですから!」




