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くちびる同盟  作者: 風見 十理
六章 目を開ける
117/139

117.マリーを返して



 声が出なかった。あまりにも衝撃的なことを言われたように感じ、ただただマリーローズを見ることしかできない。


「わたくし、あなたに言ったわね。デジレにローズと呼ばれた、と。その時あなたは、デジレにマリーと呼ばれていた」


 マリーローズのサファイアの瞳が、ぐっと深みを増す。取り込まれそうなその色に、マリーは息を呑んだ。


「デジレから()()()と呼ばれるあなたが、(うらや)ましくて羨ましくて羨ましくて。羨ましくて羨ましくて……どうしても、(ねた)ましいのよ」


 恨みが(こも)った強く悲しい言葉に、マリーは身体を強張らせる。

 もともとのデジレが呼ぶ()()()は、マリーローズだ。偶然にも彼がマリーをそう呼んでいただけで、キスの時は本来の通りマリーローズを()()()と呼んでいた。

 例えそうであっても、マリーローズはマリーが彼に自分と同じく呼ばれることを、気に入らなかったのだ。そう思って、息が詰まる。

 マリーローズは、止まらない。


「わたくしは昔からデジレのことを知っているのに、あなたから聞くはじめてのデジレの話に、心が焦れたわ。どうしてそんなことを、あなたが知るのって」


「そんなこと……」


 マリーはただ、デジレを見て彼の言動を話していただけだった。マリーローズは知っているものだと思って。

 マリーローズはデジレの幼馴染で、長く付き合っている。しかも彼が好きだ。そこに、いきなり出てきた者が知らない彼のことを話し出せば、やはり苛々するだろう。

 今まで、マリーローズはマリーに何も言わなかった。そう思っていたのかと、今更ながら心の奥底に鈍く響く。


「でももう、それもおしまいね」


 明るめの声を上げ、マリーローズが見惚れるほど魅力的に紅い唇で弧を描く。


「夢を見られたでしょう? 本来、普通に生活していればお互い交わることのない立場だったのよ。身分が違うの。住む場所が違うの。憧れるのは悪いことではないけれど、現実は現実で、目を逸らしても目の前にあるわ」


 それは、マリーが何度も自分に言い聞かせたものだ。

 知っている、そう思うのに、マリーローズに言われると重みが増す。


「身の程にあった相手が良いのよね? そう言っていたけれど、あなたは自分の身の程をしっかりとわかっていたのね。あなたには、それがお似合いよ。理想まで、自分を引き上げることはできなかったものね」


 その通り、マリーは最初から、自分の立場をわかっていた。その通り相手探しをしようとしていた。それが、身の程をわきまえず、デジレに恋してしまった。

 駄目だとはわかっていた。不可能だともわかっていた。しかし、身の程にあった相手がお似合いと言われると。暗にデジレが相応しくないと言われると、反抗心がむくむくと湧く。


「……ローズ様!」


「わたくし、今のマリーは好きではないの」


 言おうとした言葉が止まった。

 マリーローズが小首を傾げる。


「デジレが好きだとわたくしに宣言した、あの時のマリーの方がずっとまし」


 じっとマリーを見つめてくる目は、責めてはいないが、なにかを訴える。


「心を隠すのをやめなさい。素で話しなさいと、わたくしは最初に言ったわね。マリーがデジレを好きと言って、わたくしはどうかと聞いてきた時、とても嬉しかったのよ。しっかりわたくしと心から向き合ってくれたとわかったから」


 マリーローズが、マリーにふわりと抱きついた。薔薇の優しい香りが漂う。

 目を丸くしていたマリーの耳元に、澄んだ声がかかる。


「うちの庭の、奥まった大樹の裏。わかるわね。あそこなら、誰にも見つからない」


 手になにかを握らさられる。四角のそれを、マリーはしっかりと握った。


「そこで会いましょう。心のままに、今日の返事を聞かせなさい」


 すっとマリーから離れたマリーローズをぼうっと見つめる。

 優美で繊細さを醸し出す、一本の大輪の薔薇のような彼女は、凛とした顔をする。


「もう一度、言うわ」


 有無を言わさぬ風格を持って、マリーローズはマリーに言った。


「マリーを返して」



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