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くちびる同盟  作者: 風見 十理
六章 目を開ける
110/139

110.加盟打診 ★

 


 懸命に伝えるオーギュストに、デジレは徐々に目を丸くする。


「もう一度話せ。さっさとくっつけ。ここまで至ってもなお、こちらまで巻き込むな!」


 オーギュストがデジレの肩に片手を置き、強く揺する。デジレは抵抗せず、なすがまま真顔のオーギュストをじっと見つめた。

 少し心が浮き上がる。しかし、すぐに何かに阻害され、心の奥底まで沈み込む。


「そうしたいのはやまやまですが、一度別れたくせに、もう一回話したいなんてしつこくありませんか。だいたい、もう何度も振られているのに、今度こそはっきりとマリーに好きな相手がいると言われたら、立ち直ることができそうにありません」


 ぽつぽつと零す自分の言葉に、デジレはその通りだと思う。

 もうすっかり、マリーはデジレの感情を強く揺さぶり、彼女の行動いかんで一喜一憂させられるくらい存在感が大きい。今の感情はすべてマリーによるもので、拒絶された時の衝撃と胸の痛みはすぐに治るとはとても思えなかった。

 もう一度傷付けば、再起不能になるだろうと感じる。マリーに迷惑になることも怖いが、やはり自分がさらに打ちのめされる方が怖かった。


「万が一! そんなことがあったら、その時は私が」


 オーギュストが声を荒げたその時、執務室の扉が開いた。急な第三者の物音に、デジレもオーギュストも、扉の方を向く。


「失礼いたします。何度もノックしたのですけれど、お返事がなかったもので」


 ふわりと美しい笑みを浮かべているのは、マリーローズだった。

 突然のことに驚いて言葉を失っている彼らを尻目に、彼女は鮮やかな桃色に煌めく金髪を揺らして、堂々と執務室の中に入ってくる。


「無作法なのはわかっていましたけれど、とても真剣な声で騒いでいらっしゃったので、つい耳をそばだててしまいました」


 マリーローズが、オーギュストに微笑む。ようやく彼が気を戻した。


「マリー、これ以上は」


 困った顔で口を開いたオーギュストは、マリーローズの手で制されて、ためらいがちに黙った。彼女はそのまま華麗に裾をさばいて、デジレに向いた。


「ねえ、デジレ。聞こえたのだけど、マリーがくちびる同盟を脱退したというのは本当?」


 デジレはじっと、マリーローズのサファイアの瞳を見つめる。彼女の様子は、キスを求められた時より落ち着いている。

 少しだけ考えたが、デジレはあっさりと頷いた。


「本当だ。マリーは同盟を脱退した」


「そうなると、今の同盟の加盟者は貴方だけ?」


「そうなるが、同盟はひとりでは意味がない。実質なくなったのと同じことだ」


 言葉にすると、より現実味が増す。

 そもそも同盟など最初はなかったものであり、デジレが思い付いたものであるのに、どうしてなくなると辛いのか。理由は、マリーがいないからだとすぐにわかった。


「ふうん、なるほどね」


 マリーローズは小さく笑って、それなら、と透き通る声で言う。


「ねえ、デジレ。その同盟、彼女が脱退したのなら、わたくしが代わりに加盟してもいいかしら?」


 デジレが驚く。オーギュストも驚いて、何かを言おうとしたが、彼女の姿を見て口を閉じ、デジレを見てくる。

 返事がないデジレに、マリーローズは小首を傾げた。


「悪いことはないと思うわ。ええと、相手の唇を守ること、だったかしら。デジレはマリー以外とキスをしたくないのでしょう? それなら、わたくしがマリー以外から唇を守ってあげる」


 ね、と微笑む彼女は優美であり、かつ可愛らしい。


「キスしたくなる相手探しは、わたくしには結構よ。デジレは既に見つけているし、不要でしょう。ほら、デジレに全く損はないでしょう?」


 名案ではないかとサファイアの瞳で訴えてくるマリーローズに、デジレは黙った。

 くちびる同盟に、マリーローズが加盟する。そう思うと、深く考えるよりも先に、口が動いた。


「いや。駄目だ」


 デジレは首をはっきりと横に振る。


「新しい同盟なら、結んでもいい。だけど、くちびる同盟だけは駄目だ、ローズ。この同盟に加盟も脱退もできるのは、マリーだけしか許せない」


 たとえ同盟が崩壊しても、今のデジレはくちびる同盟を完全になくすことはできない。

 自分で自分を縛り付けた。決めた同盟内容のために自分の気持ちに気付かず、マリーを悲しませた。

 それでも、デジレとマリーを繋いだのは、くちびる同盟だ。

 同盟をなくすのは、その事実もなかったことにすることと同じ。そしてなにより、まだ心に強く熱くくすぶる気持ちが、まだ一切彼女を諦めていない。


「この同盟も、マリーだけだ」


 きっぱりと迷い無く、信念に基づいたデジレの言葉に、マリーローズは声を漏らして笑った。とてもおかしそうに、ともすれば馬鹿にしたように笑う彼女に、デジレは少しむっとする。

 笑いを止めたマリーローズは、花びらの唇で、綺麗に綺麗に弧を描いた。


「だったらこんなところで、ぐずぐずとしているわけにはいかないでしょう」


 凛とした声に呼応するように、彼女のサファイアの瞳が煌めいた。



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