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くちびる同盟  作者: 風見 十理
一章  あなたを見つめ
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11.最初のお迎え




 楽しい時間は来るのが遅くてあっという間に過ぎるのに、嫌な時間というのはどうしてこんなに早く来て経過が遅いものなんだろうかと、マリーは鏡の前で思った。

 映っているのはふてくされた表情がいつも以上に可愛くないマリーで、背後では櫛を持ったリディが眉尻を下げている。


「マリーさま。本当にこんな普段の様子で出られるんですか?」


「そうよ。着飾ってもたいして変わらないし、着飾る必要なんてないもの」


「ええー、もったいないですよ。デジレさまとの夜会なのに」


「全然、もったいなくないの」


 いつもよりも多少巻いたブルネットを指でつまんで、ぱっと離す。髪がかかる顔は最低限の化粧を(ほどこ)されて、耳や胸元にはイヤリングもネックレスもなにもない。ドレスは全く着ないのですっかり流行遅れになっただろうデザインに、黄色ともベージュともとれない控えめな色だ。

 全く華がないので、誰も今から夜会に行くなど思わないだろう格好である。


「せっかく、マリーさまが夜会に出るのにー」


 夜会の準備だと腕まくりして気合を入れていたリディに、いつも通りでとお願いした時の彼女の落胆具合といったらなかった。もっと可愛くできるのにとぶうぶう文句を言いながら、ちゃんと要求通りに仕上げてくれたリディには、マリーは感謝している。

 横目で時計を見ると、そろそろ迎えに来るだろう時間を指している。時計が壊れていないだろうか、と意味もないのに思ってしまう。

 そう思って間もなく、来客を告げるチャイムが鳴った。リディが元気に返事をして、跳ねる様に玄関に駆けていく。なにやら話し声が聞こえるが、マリーは内容を聞こうとはしなかった。


「マリーさま。お迎えですよー」


 戻ってきたリディが笑顔で伝える。

 マリーは息を長くはいて、重い腰を上げた。

 マリーの部屋から玄関まではほぼ一直線だ。きっとまた、憎らしいほどの煌めく容姿で物語の主役のような彼が立っているのだろう。そう思って上げた視線は、しかし目的の彼を見つけることはできなかった。

 代わりに玄関で待っているのは、優しげな笑みを浮かべている、長身の男性だ。デジレも長身に見えたが、彼よりも高い。明るく長い茶髪を一つにまとめている彼は、デジレを見た衝撃から最初はたいしたことがない顔立ちにみえたが、よく見れば十分に整っている方だった。


「マリー様ですね」


 マリーが彼の目の前まで来ると、彼は腰を曲げて(うやうや)しく礼をする。


「デジレ様の侍従をしております、ベルナールと申します」


 デジレよりも多少年嵩(としかさ)にみえるベルナールは、そのにこやかな表情のまま、言った。


「本日は、夜会に行かれますか?」


「え?」


 てっきりそのまますぐに出発すると思っていたマリーは、驚く。この直前でなにを言っているのだろうと、首を傾げた。


「我が主人の貴女への所業は聞いております。代わりに謝罪させてください。誠に、申し訳ございません」


 深々と頭を下げるベルナールに、マリーは慌てた。


「え、侍従さんが悪いわけじゃないんですから、謝ることないですよ!」


「私のことはどうぞ、ベルナールとお呼びください」


 戸惑うマリーは、勢いよく二回頷いた。

 ベルナールは秘密を話すように、小声で言う。


「それで、どういたしましょうか? 今回は我が主人が無理矢理話を進めたそうですね。マリー様の意思に反する様なら、私は主人に、マリー様は体調が優れないとお伝えいたします」


 行きたくないなら断ってあげる、と彼は言っている。マリーは、息を呑んだ。

 このままいけば、マリーは夢の平凡な生活からかけ離れた舞台に立つことになる。どんな目にあうか、想像するだに恐ろしい。だからこそ、何度も行きたくないと思っていた。

 嫌なことなのだから、行かなくて良いのではないかとマリーは思う。ベルナールの言う通り、デジレが押し通したことであるし、マリーは被害者で付き合う義務などない。

 マリーは、ベルナールに顔を向けた。


「いえ。いいです、行きます」


 迷いを飛ばすように、息を吸う。


「迎えに行くと言われて、頷きましたし。なにより、敵前逃亡なんてしたくありません!」


 飾り気のない格好は、抵抗だ。

 しかし、結局迎えに来るだろう時間まで、素直に準備して待っていたのは、どこかで行く気があったということだった。

 マリーの言葉を聞いて、ベルナールは笑みを深くする。


「主人が喜びます」


「喜ばせたいわけじゃないです」


「馬車の前で待っておりますので、おいでください」


 扉を抑えて、ベルナールがマリーの為に道を作る。しばし置いて、マリーは邸を出た。

 外は仄かに暗く、これからやって来るだろう夜を想わせる。そんな見辛い風景の中で、マリーはすぐに彼を見つけた。

 夜目でも立派だとわかる馬車の前で腕を組んで待っているデジレは、考え込んでいるのか視線を落としている。均整の取れた体躯を青い服が包み、光で輝かなくても美しい白金の金髪が、風にさらさらと流される。マリーは、今と同じ夜に入る前に見える月のようだと感じた。

 ゆっくりと彼に近付く。デジレはマリーに気付くと、腕をほどいてほっとしたような表情を浮かべた。


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