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くちびる同盟  作者: 風見 十理
五章 離れるくちびる
101/139

101.公爵邸の庭 ★




 はあと白い息を零しながら、デジレは先程公爵家の使用人に言われた場所に向かう。

 外の寒さに身体が震えるが、心の中は熱かった。


 マリーと約束した日から、三日経った。

 謹慎が解けた翌日からさっそく城に出仕したデジレは、大変なことになっている自分の机の整理から始めた。

 ちらりと聞こえる周りの安堵の呟きからすれば、どうやらデジレがいなかった期間はオーギュストはてんてこ舞いで、一部仕事が滞り、機嫌が悪かったようだった。それを表すかのように、溜められた仕事は急ぎでないものばかりで、後回しにできるものはすべて押し付けたと推測できた。


 この大量の仕事は、デジレには嬉しかった。

 やることがあると、義務をこなしている感覚を味わえるのはもちろんのこと、没頭していればあっという間に時間が過ぎることが彼には最高だった。気付けば外は真っ暗で、一日が終わると思えば、マリーとの約束の日が近付いたと頰が緩む。早く早く、約束の日にならないかとずっと気がはやっていた。

 しかし、その仕事も二日目の半ばには落ち着いてしまった。すると、何度も見る時計は全く進んでおらず、時間の経過が遅くじれったく思い始める。オーギュストから仕事を無理に奪ってこなしても、なかなか外は暗くならなかった。


 早く邸に帰って、寝たい。起きた時には、次の日だ。

 そう思っていたところ、マリーローズにばったり出くわした。


「ローズ」


 公爵邸自慢の広く趣向を凝らした庭園は、草木が眠る寒い時期ではやはり閑散とする。そこにひときわ目立つ華やかな赤いドレスの人物を見つけ、デジレは声をかけた。

 マリーローズが振り返る。暖かそうなショールを羽織ってはいるが、もともと滑らかで白い頰が、赤みを控えてさらに白くなっている。


「ここにずっといたのか、寒いだろう」


「大丈夫よ、そんなにやわじゃないわ」


 庭にすっと立つマリーローズは、薔薇がもはや咲かない時期になっても、咲き誇る真紅の薔薇のように存在感がある。昔からそうだったと、デジレはその姿を見ながら思った。


「それに、寒い方が熱がよくわかるでしょう」


 マリーローズが、薔薇色の唇に笑みを浮かべる。


「急に呼びつけたのに、来てくれたのね」


「ああ」


 昨日、デジレはマリーローズに公爵邸に来るように言われた。

 その時はすでに仕事らしい仕事はやり尽くしていて、やることがなかった。何かで時間を費やすことができればと思った。

 なにより、マリーについて話したいことがある、と言われれば、断る気は全くなかった。


 マリーローズはゆっくりと、背後に広がる庭を見渡す。


「覚えているかしら。この庭で、よく三人でかくれんぼをしたわね」


 デジレもつられて周囲の風景に目を向ける。

 趣向を凝らした庭は立体的かつ複雑で、子供が隠れるにはちょうど良いものだった。


「よく覚えているよ」


「そうね、あなた、隠れるのが下手だったからずっと鬼役だったものね」


 デジレは苦い顔をした。たしかに彼はずっと探し出す鬼役ばかりしていたが、決して隠れるのが下手なわけではなかった。

 オーギュストが鬼となると、まるで隠れている場所が見えているかのように、まっすぐに歩いてきて見つかる。マリーローズが鬼となれば、なかなか見つからないと泣き出したのだ。慌ててデジレが顔を出せば、見つけたと笑顔を向ける彼女は見事な嘘泣きで、それ以降も嘘泣きとわかっていながらも泣かれると、出て行かざるを得なかった。

 そういう経緯で、二人から隠れるのが向いていないと烙印(らくいん)を押されたデジレは、かくれんぼの鬼役をずっとやらされた。

 何度も何度もそうして三人で遊んだ。いつの間にやら、しなくなってしまった。


「……わたくしは何度も、見つけてもらったわ」


 消え入りそうな言葉は、吹いた(こご)える風にさらわれる。風下を見つめて、マリーローズは桃色がかった綺麗な金髪を翻し、デジレの真正面に体を向ける。


「懐かしむのは終わり。本題に入りましょうか」


 澄んだサファイアの瞳に、デジレはごくりと喉を鳴らす。

 マリーについて。マリーローズはマリーと仲良くしていた。はたしてなにかと、胸が高鳴る。


「あなたが最初にマリーと参加した、男爵家の夜会。その時に、わたくしはデジレに頼まれて、マリーに声を掛けたわね」


 懐かしい話題を振られて、デジレは(きょ)を突かれた。その通りなので、頷く。

 マリーローズは、はっきりと口を開く。


「わたくしにマリーの後ろ盾を頼んだ見返り、まだしてもらっていないわ」


 はっとして、デジレは思い出した。

 マリーローズは常に、なにかを頼まれると対価を求める。それを知っていたデジレは、出来る限り彼女を頼らないようにしてきた。

 しかし、あの時は噂からマリーを守るために、マリーローズに頼る方法が最適だと思った。対価が困るとは思っていられなかった。もちろん、求められればいつでも見返りはするつもりだった。


「今、対価をもらうわよ」


「ああ、もちろん。何をすればいい?」


 マリーローズは瞳を閉じて、ゆっくり開く。長く美しい睫毛(まつげ)が、揺れた。


「キスして」



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