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天ちゃんの母


 新生児科の先生が毎日のように母の入院する産科病棟へ通っては天ちゃんの様子を伝え、治療方針を説明した。

 母への説明の際にはNICUの師長とソーシャルワーカー、産科の師長のみが参加し私は母と話すこともできなかった。私は結局何の役にもたっていないとすねる気持ちもあったが、何も表には出さないようにしていた。きっと一番つらいのはお母さんと天ちゃんだと思ったから。


 天ちゃんの心臓が点滴の治療で一時的に良くなった頃、師長がその日いた看護師を集めた。

「天ちゃんにはお父さんがいません。お母さんは未婚です。天ちゃんがお腹にいると分かった時には、お父さんとは別れ、もう天ちゃんを中絶することもできず、気持ちの整理がつかないまま出産になってしまいました。お母さんはすごく思い詰めていて今は天ちゃんに会える状態ではありません。だからみんなはお母さんがいつ来てもいいように天ちゃんの世話をしっかりしてあげてみんなが天ちゃんのお母さんになりましょう。お母さんを信じて待ちましょう。」

 師長の話はこんな話だった。私は母への怒りが込み上げてきた。天ちゃんは一人でこんなにも生きようと必死に頑張っている。こんな小さな体で。なのにお父さんのぬくもりもお母さんの愛情ももらえないなんて。


 私はその日なぜか怒りが収まらなくてずっとイライラしていた。考えれば考えるほどお母さんが自分勝手な人間に思えてきた。


 「野村、今日飲みにいくか」

 先輩がそんな私を見かねて飲みに連れて行ってくれた。

 

 「本当に信じられないんです。天ちゃんがかわいそうで。最低な母親です。」

 私は飲みの席で先輩にずっと悪口を言っていた。先輩は黙って時折相槌を打ちながら聞いていた。

 私の怒りが言葉とともに少しずつ逃げていったころ、先輩が口を開いた。

 「あたし学生のときに居酒屋でバイトしてたんだよね。」

 私は話の脈絡のなさに拍子抜けした。「え?なんの話?」と思ったけど、口をつぐんだ。

 「そこの居酒屋の店長と付き合ってたんだ。」

 しばらく沈黙。恋愛話が聞かされるんだと思った。全然違う話にいったのねと思った。

 「でね、妊娠したんだ」

 「えっ」

 どうやらのろけ話ではないらしい。だって先輩は結婚もしてないし、子供もいないから。

 「どうしようってすごく悩んだよ。まだあたしは学生だし子供を育てるお金もないし、親にも言えない し。」

 「・・・彼氏さんに言わなかったんですか。」

 「・・・」

 先輩が芋焼酎ロックを一気に飲み干した。

 「言えなかったんだよね、結婚してたから」

 言葉を失った。先輩は綺麗だけどそこまで派手なタイプではない。男と遊んだりしている噂も聞かない。 真面目な人できっと付き合う人はまじめで健全で・・・

 「もちろん最初は結婚してるなんて知らかなった。イベント事は仕事に出てたし、バイトの子をみんな 誘って飲みに連れて行ってくれたりもした。付き合ってから1年くらい経った時に偶然駅で家族で歩いてる のを見たの。小さい女の子がいて手をつなぐ店長がいて、その半歩後ろに女の子によく似たかわいらしい 女性がいた。」

 「その彼氏・・・店長さんには直接聞いたんですか。」

 先輩は笑った。

 「聞いてないよ。だから結婚してたのかもわからない。あれが奥さんで子供だっていう証拠もない。」

 「それじゃわかんないじゃないですか」

 「でもさそれ以上聞けなかった。そしてそのままあたしはバイトをやめて店長の連絡先を消した。何回か連絡が来たり、他のバイト仲間から飲みの誘いがあったけど行かなかった。なにも考えずに終わりにした かったのかも。」 

 「そしてバイトで貯めた貯金を使ったの。いつも店長にごちそうしてもらったり、プレゼントもらってたから私もいいのあげなきゃって貯めてたお金。・・・だからあたしは少しわかるよ。お母さんの気持  ち。こんな仕事して命に向き合う仕事してるとかいうけど、そんな綺麗なもんじゃないよ世の中。」

 先輩はそれ以上深くは言わなかった。

 「芋焼酎ロック頼んどいて」

 そういって先輩は10分ほど席を外して、帰ってくる頃にはすこし目が赤くなっていた。

 私たちはそれ以上何も言わずに解散した。

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