直前
とびらのさん主催『清純ギャグ短編企画』参加作品です。
お気軽にどぞ。
「魔王との……きっと最後になる戦いの前に、みんなに言っておきたいことがある」
真っ暗で不気味な森の中、焚火を囲んでいたパーティーのリーダー、勇者と呼ばれる青年が仲間を見回して切り出した。
この森の奥には、長く人々を苦しめて来た魔王の居城があり、明日には到着して最終決戦に臨む。今は最後の夜。最後の休息であった。
魔王はこの世界を暗黒の雲で覆い、魔物が跋扈する世界へと変えた元凶だ。
そんな魔王を倒すため、聖剣に選ばれし勇者を含めた四人で冒険をしていたパーティーは、今や三人しかいない。
傷つき倒れた戦士を森の中へ残す苦渋の決断をしてから、勇者はずっと苦い顔をしていた。
残った二人の仲間、魔法使いのカニマと僧侶サバカンは、勇者の言葉を待っている。
「なんでも良いですよ。勇者よ、神は必ずあなたを許します」
「そうよ。堅苦しいこと言わないで。仲間でしょう?」
「二人とも……ありがとう」
こぼれそうになる涙をこらえ、勇者は告白した。
「実は俺、勇者じゃないんだよね」
告白を待つ笑顔のままで硬直した二人を前に、偽勇者は頭を掻いた。
「なんかさ、聖剣ってのを抜いたけど、あれって土台を踏みつけてちょっと斜めに引っ張ると簡単に抜けるんよ。ガキの時はあの辺でよく遊んでて、知ってたんだわ。だから褒美が貰えるかな、とか思ってたら、こんな苦労背負わされてさ。やってられないよ」
「待って待って待って。ちょーっと待って」
痛む頭を押さえ、カニマが勇者(?)の言葉を止める。
「ということは何? あたしたちは勇者でも何でもない、一人の単なる村人と冒険してたの?」
「村人にしては強いですけどね」
「あんたは黙ってて!」
もう笑うしかない、とサバカンがツッコミを入れるが、怒り心頭のカニマは治まる気配が無い。
「そんな奴が魔王なんて倒せるわけないでしょ!」
「でも、ここまではどうにかなったし……。魔物倒せたなら、魔王も何とかなるんじゃない?」
「あー、もう! こうなったら言っちゃうけど、あんた大して戦闘の役に立ってないのよ。死んだ戦士とかあたしの火炎魔法でどうにかなってるってだけでしょ!」
ヒートアップするカニマの言葉に、僧侶サバカンはむっとした顔で立ち上がった。
「そう言うなら、僕にも言いたいことがある! 君の得意な火炎魔法だけれど、あれ実はたんなる一発芸じゃないか! 口に魔力を含んで、杖に灯した火を拡大するとか言ってるけど、ただの酒……」
「うるさいわね! あたしの話なんて今は良いのよ!」
二人とも顔を紅潮させて言い合いを始め、中心人物だったはずが蚊帳の外に置かれた勇者。
彼は二人を見比べるようにしてから、そっと右手を上げた。
「あのさ」
「何よ!」
「もう一個言いたいことがあって」
「……わかった。もうこうなったら何でもいいわよ。今度はなに?」
諦めたように言ってカニマがスカートを揺らして座ると、相手を失ったサバカンも渋々座った。
そのサバカンに、勇者の視線が向いている。
「何です?」
「……俺さ、サバカンが戦士をやったのを見ちゃったんだよね……」
沈黙が訪れる。
それを破ったのは、疑いを向けられたサバカンだった。
「な、何を言ってるんですか。戦士は大切な仲間ですし、やっちゃったといっても、え、何を?」
「完全に混乱してるわね……」
サバカンから距離を取ったカニマは、そのまま勇者の隣へと移動する。
「どういうこと?」
「いや、よくわかんなかったんだけどさ。戦士の後ろにいたサバカンが何か手を振ったと思ったら、戦士が血を流して倒れてた」
「うわ、それって……」
「ぼ、僕は刃物を持っていないじゃないですか!」
二人から疑いの目を向けられ、サバカンは手に持った杖を二人に突きつけた。
それは一種のメイスであり、先端は無骨でシンプルな金属の塊になっていて、握りは普通の金属棒に見える。
彼が冒険の当初から持っているもので、「親愛なる師から譲り受けた物」という説明を仲間たちは信じていた。
今さっきまでは。
「変だと思ったのよ。敵が後ろから来ているとか、そういう魔法を使う魔物がいたとか言う訳じゃないのに、いきなり背中を斬られて倒れたんだもの」
「確かに刃物は持ってないはずだし、疑うのも変かな~って思ったんだけどさ。流石にちょっと、今の狼狽ぶりは、なぁ?」
「ねえ?」
顔を見合わせて頷く勇者とカニマ。
「まあ、とりあえずその杖見せてくれよ。そしたら疑いも晴れるしさ」
「そうよ。ヒョロいあんたがそこまで出来るとはあたしも思ってないし」
「……うるせぇ」
いきなり口調が変わったサバカンに、勇者は右手を伸ばしたまま立ち止まった。
そして、サバカンが杖の上部を掴んで引き抜くと、ギラギラとした刃が姿を現す。聖職者にはとても似つかわしくない、凶暴な輝きを放つ刀身には、わずかな血の曇りが見えた。
「あいつが、僕のお気に入りの女を……!」
「お、女がらみの私怨かよ!」
「ちょっと、落ち着きなさいよ!」
「黙れや、嘘魔法使いに偽勇者が! 知られたからには仕方ねぇ。ここで二人ともバラして証拠隠滅したるわ!」
後衛職とは思えぬほどの速い剣筋を、かろうじて避けた勇者は、そのまま転がるような勢いで森の外へ向かって駆けだした。
気付けば、カニマも共に走っている。
「ヤバいぞ! あいつ!」
「あんた勇者でしょ、なんとかしなさいよ!」
「偽者だってさっき言っただろうが! それよりお前の大道芸でどうにかしてくれ!」
「……お酒が切れたから無理」
「本当に酒なのかよ!」
草を刈り、木を切り倒しながら追ってくるサバカンを振り返り、勇者はさらに速度を上げた。
「あいつの方が絶対強い」
「同感。……あっ!」
走る二人の目の前に、大きな吊り橋が見えてきた。
探索行の最中、壊れかけていたのを恐る恐る渡り、眼下に広がる底が見えないほどの谷に背筋を凍らせたのを思い出す。
だが、それ以上に問題があった。
人が居たのだ。
「どいてどいて!」
「なんでこんなところに……」
疑問を感じつつも、勇者とカニマはトップスピードのまま駆け抜ける。
見つけたのは人型の魔物で、肩に手拭いをかけて吊り橋の修理を行っているようだったが、わざわざ立ち止まって確認する余裕も無い。
揺れる吊り橋をなるべく強く踏まないようにと気を付けつつも、前へ前へと走り、ようやく渡りきったところで振り返る。
「あっ」
「あっ」
二人が振り返った先、吊り橋の向こう側では、サバカンと先ほどの魔物がもつれ合うようにして吊り橋に入った。
直後、サバカンの剣が吊り橋を切断。
まとめて谷底へと墜落していった。
「……えっ?」
何がどうなっているのか見当もつかないでいる二人を、優しい太陽の光が包み込む。
どうやら、先ほどサバカンと共に谷底へと墜落した魔物は、魔王だったらしい。
「終わったみたいだな」
「マジで? これで?」
釈然としないままの二人はそのまま帰国。激闘の末に魔王を倒し、二人だけが生き残ったと各国の王から労いの言葉と褒章が与えられた。
そして魔法使いカニマは魔法学校を設立して各国貴族の子弟を集めて高額な授業料をかき集めて栄華を誇ったが、謎のリークによって魔法が使えないことが発覚。晩年は寂しく橋の下で暮らした。
勇者も各国を巡って講演会とセミナーで荒稼ぎをしたが、密告によって聖剣に関する不正が暴露され、すっかり落ちぶれた格好でカニマと再会。
互いを罵りながら、いつまでも橋の下で喧嘩を続けた二人は、それから長い間、町の名物として愛されることになった。