K''afig〈鳥籠〉
まいことあやの話によると、昨晩、まいこが酔っ払って部屋に入ったとき、やけに寒いと感じたと言う。
「ほら、いると気温が下がるでしょ?」
幽霊がいると二度から三度、気温が下がるのが常識だという。知り合いにホラー作家もいるが、それが常識かどうかは分からない。
「で、敷いてくれた布団にダイブしてくるまったわけ。今、見たら吐くかもしれないし」
そこに他の四人が来た。
「ああ、あの時だ」
中町を介抱してから階段に出たとき、確かにあやたちが部屋に入っていった。まいこは先に部屋にいたのだからその時四人だったのかは、はっきりしない。まいこがそう言うならそうなのだろう。怪我人が出たなどと言うわけにはいかないので、いやいやと手を振り誤魔化す。
「確かに寒かったんです。でも、アタシは中庭から入ってきたから。気のせいかなって。でもみんな寒い寒いって。暖房、二十七度ですよ?」
二十七度に設定してある部屋に入って寒いはずはない。だが、幽霊の正体は青枝である。
「気のせいだと思いますけどね、古い屋敷だし、君たちはそのつもりで泊まりにきた。でるかな、でるかなと思っているんですから、そう感じてもおかしくはないですよ」
まいこは善樹を睨んだ。
「見た、って言ったでしょ」
「その部屋で、ですか?」
「夜中、寒くて起きたのよ。でも、設定は二十七度。頭にきてフロントに電話したのよ、そしたら今、行きますよって、言われて。待ってたのに来なくて、階段まで出ていったら、下からピンクの作務衣が見えて。ああ、オーナーだって思ったら、上から声をかけられたの。上にいたのよ、オーナーは。え、って思って、もう一度下を見たけど、誰もいなかったのよ」
幽霊は歩くんだろうか。昔見た心霊写真の本にあった写真が何故か頭に浮かんだ。
「オーナーは設定を見てくれて。もしかしたら接触不良かしらって。何度かスイッチを切り替えてたら、ふわって温かい風が流れたから、様子見てくださいって。で、眠れなかったから、また飲んだのよね」
うなずいたあや。
「あやさんも起きたんですか?」
「はい、まいこの声、通るから」
「うるさいってこと?」
「違うってば」
見間違いだろうか。酔っ払っていたから。
何か思い当たった。ピンク。昨日、海辺で手を振ったのに、すぐにいなくなったオーナー。受付でも似たことがあった。
あれが。
幽霊だったとしたら。
ふんわりと鳥肌が立つ。
「見たの? 見たんじゃないの?」
まいこに詰め寄られ、焦ってしまう。迫力ある太いアイライン。
「いや、違いますって」
幽霊は青枝なのだと言いたいが。
ピンク。オーナーの作務衣だ。青枝は白のブラウス。色はともかく、作務衣を間違えはしないだろう。
中庭で見たのはどうだったのか。どうやらあやらしいが、なぜいたのだろう。青枝は中庭に出るのを止められたのだ。
「ほら、部屋に戻るわよ」
あやは頭を下げて立ち上がった。合わせて渋木と青枝も階段を上がっていく。
善樹はダイニングに入り、オーナーに昼食をお願いした。豚丼と具だくさんの味噌汁。お新香の漬かり具合がいい。お腹が膨れるとホッとする。
「背中、大丈夫でしたか? 足を滑らせたとか。中庭には出ないでくださいね」
「オーナー、心配かけまして。後で湿布もらえますか」
はい、と小気味良い返事。
ふと思った。
なぜ、普通なのだ。けが人が出ているのに。
ダイニングを出るとき、湿布をもらった。部屋に戻り、服を脱ぐ。鏡に背中を写すと赤いような青いようなあざがある。
「届かないじゃないか」
結のところに行こう。貼ってもらおう。
結たちの部屋をノックしようとしたら、少しだけ開いていた。見えたスリッパは一足。どちらかはいない。男の声がした。
なんだ、話せるんじゃないか。全く人が悪い。
「……とにかく、現場を押さえろよ、それが一番手っ取り早い、……中町は大丈夫か? ……うん、そうか、よかった、……お前、目立つから」
急に静かになったと思ったら扉が開いた。結が開けたのだ。
「あ、ごめん、ごめん。いや、あの、湿布を」
湿布を見せて背中を出した。結は何も言わずに湿布を貼ってくれた。
「あ、ありがとう、すいません。あ、あの、何か、えっと」
手伝いを、と思ったのだ。きっと何かあって口を利かないのだろうと。ならば手伝いくらいなら。善樹の小説ならばの話だが。
案の定、結は分かりやすくため息を吐いた。
「今、誰かと話していたでしょ? 携帯電話、通じるんですか?」
結は諦めたのか、善樹を中に通した。善樹の部屋よりかなり広い。二間になっている。テーブルを挟み、結と向かい合わせに座る。結はタブレットに書いて善樹に見せた。
『背中、どうされたんですか』
「実は」
言っていいものだろうか。一瞬のためらいを結は見逃さなかった。
『中庭ですか』
「あ、はあ。滑らせたと言いたいのですが」