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Wirbel〈渦〉

 あやはオーナーを呼んできた。オーナーは芝田を伴っている。芝田はリーをそっと抱えあげて玄関から入った。デニムのスカートが雪に濡れて寒そうだった。

 真っ青なあやとオーナー。無言の芝田。そのあとを着いていく。しゅうかがいる部屋の奥、〈Wirbel〉に入る。

「ん」


 リーの意識が戻った。

「動かないでください、谷垣様」

 入れ墨の眉毛が動く。寝かされた自分に気づいた。

「谷垣様、階段から落ちたようですが。痛いところはどこですか?」

「か、階段」

「ええ。中庭からの。違いますか?」

 オーナーはリーに確認しながらも、あやを見ていた。

「アタシが見たときにはもう、倒れてて」

 オーナーの視線が善樹に向いた。

「ええ、そのようです」

 そう答えるとオーナーは頷いた。


 谷垣ら三人は職場の仲間で、谷垣はリーダーの肩書きがあった。そこからあだ名がリーとなったらしい。二人を呼んで話を聞く。なぜ、彼女は一人だったのか。髪をくるくると巻いた芙美が口を開いた。


「電話をするって言ってたのよね」

「止めなよ、話すの。この人、小説家なんでしょ、警察じゃあるまいし。警察呼べばいいじゃない」

 はっきりした口調で千夏が遮る。

 もっともである。ドラマなら話を聞けるはずだ。一般人を探偵役にしては無理がある。そうか。初めから僕は探偵ですと言えばよかった。


 という話を結にしてみた。中庭にいたから捕まえて中に引き入れ、階段に座った。


『身分詐称ですね』

 あっさりした答えだった。

『なぜ、そう話を聞こうと思ったんですか?』

「今、また階段から落ちた方がいて。何があったのかと。警察でもないくせにと言われてしまいました。ほら、小説ならそこで情報が入るわけですよ」

 リーを発見して部屋に寝かせてきた話をする。呆れた顔をしているのは気のせいか?


「すっかり閉じ込められましたね」

『クローズドサークルですね』

「小説、読みますか?」

『いえ、あまり。暇がないと言ってしまうと言い訳みたいですが』

「中町さん、谷垣さん。何しに中庭に行ったんですかね」

 一拍おいてから結は言った。小さく転がったのはため息だろうか。

『中町さんは着替えをしに、谷垣さんは電話をしに。違いますか?』

 違いません。


「そうでしたね」

『小説家を探偵役にするのは止めたほうがいいみたいですね』

「はあ。そうですね」

 痛いところを突かれた。

「原稿も真っ白、頭の中も、です」

『スランプってやつですね』

「書かないと給料も入らない。でも書けない」

『書けない言い訳がスランプですか? 暇がなくて小説読まないのと同じですね』

「軽く言いますね、小説読まなくても給料入るじゃないですか、公務員なら安定してるでしょ」

 ちょっとムッとしてしまった。新婚で公務員で格好いい結に嫉妬している。羨ましい。


 善樹の小説なら、ここで結が謝ってくるはずだが結を見ると平然としていた。すいません、言い過ぎました。いやいや、僕の方こそ。


 はあとため息。小説とは違うのだ。


 突然、背中を押された。

「わっ、あ、こらっ」

 しゅうかが覆い被さってきた。

「危ないじゃないか」

 しゅうかは、パッと離れて階段をかけ降りていく。

「全く、もう」

 結が不意に立ち上がり、しゅうかを追いかけていった。

「ちょっと、どうしたんですか?」


 結はロビーでしゅうかを捕まえてソファに座らせ、善樹には来るなと手で制した。善樹はその手に気づかない振りでしゅうかのところまで行く。しゅうかの前にしゃがみこんだ結はタブレットに大きく平仮名を書いてしゅうかに見せていた。


『おとうとは? りょうかくんだっけ?』


 しゅうかは平仮名をゆっくり指さしながら読むと結を突き飛ばした。


「ふ、う、うわあああん」

 しゅうかは突然泣き出した。近くにいたらしい渋木が近寄ってきて、しゅうかを宥める。結はさっと立って階段を上がり始めた。しゅうかも気になるが、結についていかねば。

 しゅうからがいる『Obst』をノックした結。開けてもらうまでに素早くタブレットに何かを書いた。善樹からは見えないのがもどかしい。

「どうしたんですか? 急に」

 結が少しだけ善樹を見た。


 雰囲気が違う。



「何か?」

 父親が顔を出してタブレットを読む。


「大丈夫だ、子供には関係ない」

 父親はそう答えるとドアを閉めようとした。善樹は慌てて言った。

「しゅうかくん、泣いてますよ、何か、あったんですか?」

「誰だ」

 父親は恰幅がよく、声も低い。善樹がヤクザを書いたらこんな感じであろう。アロハシャツではないことが違いである。睨みを利かせた父親に善樹が答えようとしたが、結はタブレットで遮った。素早く書いて答えたようだ。


「全く、厄日だな」

 父親はそう言って階段を降りていく。




 



 

 

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