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Obst〈果物〉

 次の朝、窓の外は本当に白一色で幻想的だった。空と海の青が、雪の白を引き立てているようだ。ここに逗留している青枝の気持ちが分かる。ただ、この景色からは何にも浮かばないのが善樹の欠点なのかもしれない。人がいなくては殺人など起こらない。

 着替えて階段に出る。朝御飯の香りが鼻をくすぐった。ダイニングに向かう前に中庭を見た。窓越しであれなのだから生で見たらもっとすごく感動するかもしれない。


「あ」


 中庭は雪掻きが済んでいた。人の手が加えられ、幻想はなかった。

「あれ」

 結が雪掻きをしていた。水のようにワインを呑んだのに平気なのか。

「おはようございます。ぼくも手伝います」

 結は汗を拭い、頭を下げた。いつからやっていたのか。

「早起きなんですか? 言ってくれれば、一緒にやったのに」

 返事がないのは仕方ない。相槌で答えられない言い方をした自分が悪い。

 中庭の小さな滝は凍ることもなく、なだらかに下る川を形成していた。結を見ると川に雪を落としているので真似てみる。


 不意に無心になった。黙々と雪を掻き、川へ流す。


「あら、桜井さま、止めてくださいな」

 はっとした。昨日と同じ桃色のオーナーがビックリしている。

「お客様に雪掻きなんて。気が回らず、申し訳ありません」

「いんです、いんです。動きたかったし」

 ね、結くん。と言いかけたが、もう結はいなかった。というか階段を降りてきたから見えなくなったのかもしれない。あと五段くらいで玄関への道と繋がるところまできてしまった。汗をかいて気持ちがいい。

「ひとっ風呂、浴びてきます。それから朝御飯でいいですかねえ」

「もちろんです。さあさ、風邪をひかれては困りますから」


 中庭に上がるより玄関からの方が早かった。玄関から入り、真っ直ぐ最上階の風呂場へ向かった。

「おや、しゅうかくん?」

 子供が階段で踞っている。

「おはよう、何してるんだい?」

 愛想がよかった昨日とは違って、子供はさっと立ち下へ降りて行った。一番ダイニングに近い部屋に泊まっているようだ。


 ざっと汗を流してダイニングにとんぼ返りすると皆食べ終わった頃だった。昨日と同じように結の隣に座る。

『すいません、勝手に切り上げました。もう桜井さんが見えなくなってて』

「あ、平気ですよ。なんか動いてすっきりしましたし」

 二人とも食べ終わっていた。和定食のようである。そこへあやが来た。

「あの、昨夜、ありがとうございました。まいこ、飲みすぎたみたいで」

「ああ、もう大丈夫ですか?」

「はい。ほんとは今日、帰るはずなんですけど、なんか無理みたいで」

「え、無理とは?」


 晴れているのは今だけでまた昨日のように雪が降る予報が出ているという。その上、電車も止まり、道路の雪掻きも間に合わないという。

「閉じ込められましたねえ、自然の猛威に」

「はい。大学はまだ休みだからよかったです」

 あやはそう言って向こうのダイニングに戻っていった。

「もしかして、しゅうかくんも」

『何がですか?』

「あ、しゅうかくんが階段で落ち込んでいたから、ほんとは帰る予定だったのかなと」

 何もなさすぎてつまらないかもしれない。


「桜井さん、御飯ごゆっくり」

 奥さんがかわいい笑顔で言って、二人は席を立った。塩味が程よい鮭を皮まで食べる。青枝はいない。綺麗どころ三人もいなかった。が、微かに声が聞こえる。ロビーにいるようだった。

 御飯をおかわりしていたら、階段を三人が上がっていった。鞄を持ち、コートも着こんでいた。帰るつもりだったのだろう。


 一週間の滞在でよかったかもしれない。すでに海も見たし、青枝にも会えた。このペンションが箱庭ならば彼女はどんな話を書くだろう。また話したいが、部屋へ行っても大丈夫だろうか。

 そういえば結たちはいつまでいるのだろう。公務員ならば今日帰らないとならないのではないか。明日は月曜日である。

 なんにせよ、おおまかなプロットだけでも作りたい。何にも書かれていないタブレットを見せるわけにもいかないのだ。そうだな、階段屋敷、幽霊、中庭、海。ロケーションは悪くない。



「桜井様、雪掻き、申し訳ありませんでした。もう海まで出られますよ。これはお礼です」

 オーナーは小さな焼きプリンを出してくれた。ありがたくいただく。添えられたエスプレッソがよく合っている。

「昨日もお世話をおかけしました。中町は意識を取り戻しました。転んだそうです」

「そうですか、よかった。頭は怖いですから」

「はい、救急車が来るまでは安静にさせます」

「あ、まだ?」

「はい。上の通りも雪で大変なことになってます。車も電車も無理のようです。芝田に見てきてもらったんですけど、中町自身が歩くのも難しく、お医者さまには電話で指示を仰ぎました」

「電話が通じるなら安心ですね」


 オーナーが一拍おいてから続けた。

「固定電話はダメでした。携帯電話が頼りですが、元々繋がりにくくて。メールであちこち助けを求めているのですが、もしかしたら繋がっていないかもしれないんです。送信できないんです、何回やってもエラーが出て。今、従業員が確認しているんですけど」

 ここに着いてから携帯電話の確認などしていなかった。どうせ、何か書けましたか攻撃しか来ないだろう。あとで自分の電話を確認してみますねとオーナーに伝える。

「助かります。食料やお着替えはたくさんありますから、おっしゃってくださいね」

「はい、ありがとうございます」




 晴れているうちに海に出てみる。暖かい空気に晒された雪。また積もって凍るのなら明日のほうが危ないだろう。浜辺を昨日のように歩き、気になったのであちこち見てみたのだが、あのペンションからしかこの浜辺に降りられないようになっていた。崖と木々に阻まれた浜辺。

「そりゃ、きれいなわけだ」

 プライベートビーチといったところだ。ますます気に入った。青枝のようにここに逗留したい。


 階段を上がり始めたとき、あやが立ちすくんでいた。

「あの」

「えっ、あっ」

 焦った顔が捉えていたのは倒れていた誰かであった。


「え、ちょっと、あの」

 近づいてみるとあやの足下に倒れていたのは綺麗どころ三人のうちの一人、リーと呼ばれていた人だった。

「大丈夫ですか、あのっ」

 一気に汗が出る。そっと触れると顔をしかめた。

「あやさん、何が?」

「アタシ、今来たばかりで、ちょっと外にって」

 中庭の階段から落ちたのだろうか。目立った傷はない。

「立てますか?」

 返事はなかった。抱えていくには危ない道である。


「あやさん、誰か呼んできてください」

 あやは、ハッとしてすぐに玄関へと向かった。


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