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Wald〈森〉

 ダイニングは階段の左右で二つに別れていた。善樹は中庭側の広いダイニングに通された。長いテーブルは薄いピンクのリネンで統一されていた。人数ごとに少しずつ寄せてあり、数をみるとお一人様は善樹だけのようだった。


「桜井様、狐島様がよろしければ、ご一緒にと」

「え、あ、はあ」

 向かい合わせで座る二人。かわいい奥さんがにっこりしていた。結はタブレットを睨んでいたが、こちらに気がついて軽く頭を下げた。結の隣に座ると紫色の従業員が支度をしてくれた。


「あの、いいんですか?」

「すいません、お一人って聞いて。嫌じゃなければ、一緒に食べませんか?」

「ありがたいですけど、邪魔ではないですか?」

「二人で食べるの、他の人が見ると不思議に映るし。ほら、喋るのはアタシだけでしょ?」

 返事がない会話。二人きりならば問題はない。こういう場では周りに気を使わせることになりかねない。ケンカしたのかな、とか。


「言い方はあれですが、大変ですね」

「楽しいんですけどね、アタシたちは。でも変に映っちゃう。桜井さんとばかり話すのも結局、変なんですけどね」

「いやいや、僕で良ければ、お役にたちますように」

「ありがとうございます」

 紺色の従業員が熱燗を持ってきた。

「あ、結くん、アタシたちも」

 結は頷く。奥さんはニコニコして同じ熱燗を頼んだ。従業員はすぐにお猪口を持ってきてくれたので、

取り敢えず乾杯する。

「いただきます」

「いただきます」


 空きっ腹に響くように染み渡る。

「桜井さんはよく呑みますか?」

「まあ強いほうかな」

 かっこつけたところで人妻なのだが。ああ、大学生はどこだろう。

「じゃあ、楽しく呑みましょうね、はい、結くん」

 理想的な夫婦だ。お互いをよく見ているのが心地よい。

「お二人はどこで知り合ったんですか?」

「高校のとき、友達の紹介で」

「ほう、じゃあ、付き合って十年とかですか」

「え、ああ、うん、そんな感じかな」

 結はうんうんと頷いた。その頷きはもう聞くなと言われた気がした。


 食事は和食や洋食が上手に合わさっていて量も質も素晴らしい。酒に合わせたようなタイミングで出てくるのもいい。二人は嫌いなものはないようできれいに食べていく。こんな夫婦になれたらいい。まず、候補者から探さないとならないが。


 近くには綺麗どころ三人がいた。既に酔っ払っているが、酒も箸も止まらない。おまけによく喋る。ケンカや愚痴なら困るのだが、楽しいならいいか。

 こちら側のダイニングには他に二人分が三セット用意されていたが、肝心な大学生たちは向こうのダイニングだったようだ。親子連れも向こうらしく、時折子供らの笑い声が届いた。


「桜井さんは小説家なんですね」

「ええ、まあ」

「どんなの書くんですか?」

「ミステリなんかを。まあ、ほんとのところ、何でも書きます。好きなことだけ書いて生きれるのはほんの少しの選ばれた人だけですよ」

「いいじゃないですか、そりゃ、お仕事は選べないもの」

「そうなんですよね。部活じゃないし、やりたくなくてもやらないとならない」

 つい愚痴ってしまう。

「アタシ、通訳のお仕事してるんですけど、こないだ、翻訳のお手伝いしたんです。楽しかったですよ」

「へえ。翻訳すると、小説の雰囲気が変わったりしませんかね?」

「どうなんだろう、アタシ、初めて読んだ人のだったから。あまり気にならなかったですけど。原書派ですか?」

「いやいや日本語オンリーですよ。結局、口先だけでして」

 くすくす笑われてしまった。自分がどれだけ薄っぺらな人間なのか、ちょっと考えてしまう。翻訳や通訳が出来るってすごいではないか。きっと、やりたくてやっている仕事なのだ。

「上手く、言えないし、書けないし。ダメダメな人間なんです」

 何だかテンションが下がってきた。

「そこは、今日、会ったばかりですから分かりませんけど。せっかくの素敵なロケーションですよ、取り敢えず呑みましょうよ」

 気を使わせてしまったかと思ったが、ちょっと違っていた。呑みたいからおかわりをしたいのだ。

「じゃあ、これ。あ、桜井さんはワイン飲めますか?」

「え、ああ、まあ」

「じゃあ、グラス三つ」

 従業員は、はいと小気味良く返事をして下がる。



「なんか、おつまみ、頼んでいい?」

 結は頷くのと同時に何かを指先で描いた。

「うん、分かった」

 手話という訳ではなさそうだ。単に二人が分かる指先が紡ぐ言葉。

「なんか、いいですねえ」

「え?」

「お二人はとってもお似合いです」

「わ、ありがとうございます。そう言って貰えるとすごく安心する。アタシ、嬉しいな」


 熱燗をお猪口で一杯と今きた白ワインに口をつけただけなのだが、もしかして酔っている? 結がタブレットに書いて善樹に見せた。

『すぐ酔っ払うんです お酒、好きなんですけどね』

 ほのぼのする二人は本当に素敵だ。奥さんになんか書いたでしょ、と言われて結は見られないようにすぐ消去してしまった。


 大学生らの笑い声が響いた。ふと廊下を見る。

「あー、狙ってるー」

 指差されてビックリした。結が慌てて奥さんを止める。ふふふと笑う奥さん。

「どの子が好みですかぁ?」

 おつまみで頼んだチーズの盛り合わせが届くと、結が奥さんの目の前に差し出した。奥さんはキラキラした目でチーズを受け取る。


『すいません』

「いえいえ、どの子かなと考えたのは事実です」

 美味しそうにチーズを食べる奥さんを二人で見つめる。



 オーナーが小走りで階段を上がっていくのが見えた。そのあとを紫色の従業員が追いかけていく。


「雪、すごいですねえ」

 奥さんは身体を捻って窓を見る。捻れた胸元から目を反らす。浴衣でなくてよかった。もう暗いから景色は分からないが窓を叩くように雪が降っている。どうぞと差し出されたワインをグラスにうける。善樹も酔いを自覚し始めた。だが、結は多分、酔っていない。ワインの瓶は空になった。なのに、もう一本頼んでと奥さんに伝えている。


 揺れる指先。花びらがひらりと散った気がした。何にせよ、イケメンは得である。ああ、酔いが回る。イケメンが善樹を通り越して廊下を見ている。


 オーナーが。

 従業員が。

 紫色。

 紺色。

 橙色。


 みんな違う色なんだなと感心する。それぞれに替えがあるだろう。


 イケメンが動いた。

「結くん、おトイレ?」

 頷いて出ていく。イケメンの背中を見ていたら、大学生も向こうから出てきた。おや、それでは行かねば。

「あー、桜井さんもおトイレですかぁ?」

「え、あ、はい、ええ」

 


 ほろ酔いの大学生を予想していたが、ちょっと違っていた。向かい側から出てきたのは冷たかった子で、少し青ざめている。とにかく、話しかける。そうだ、話しかけないと始まらないではないか。


「あの、大丈夫ですか?」

「は」

「は?」

「吐きそう」


 慌ててトイレに連れていく。階段を上がり、中庭に出る扉の向かいである。上がっていくとその中庭の扉が開いていた。

「寒」

 雪が吹き込んでくる。何故、開いてるのか。寒さに酔いが覚めてくる。何故か勿体ないと思ってしまう。

中庭から黒い人影が現れた。大学生だ、優しかったあやさんだ。

「寒かったでしょう、早く中へ」

「え、あ、すいません」

 あやは中に入る。トイレから出てきた子に飛び付くとその子はまた顔色を悪くした。

「あや、ちょっと離れて、あ、ごめん」

 またトイレに戻る。残されたあやの顔色もすぐれない。


「あの、大丈夫ですか?」


 あやは返事もなく、座り込んだ。



「あの?」




 




 



 









 

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