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Tau〈露〉

あやさん、酒田青枝さん、伯修佳さん、いつもありがとうございます。

「大変でしたでしょ、雪が積もるなんて」


 丸い形のいい額を出して長い髪の毛をおだんごにしてある。ぱっちりしたアイメイク。桃色の作務衣を着た美人さんだった。暖かいオレンジ色の照明を眺めながら雪がついたコートを脱いだ。

「いえ、大丈夫ですよ」

「桜井 善樹様、ようこそ。ペンションTOWへ。ゆっくりなさってくださいね。オーナーの母ノ木 遊子と言います」

「はい、一週間、お願いします」

「お部屋に案内しますね」

 オーナー自ら部屋に案内とは。善樹は色っぽいうなじに見とれながらついていく。少しだけ左に曲がった長い階段を上っていく。階段屋敷と言われる古い屋敷を買い取って宿にしたとか。右側は中庭になっていて、小さな滝が流れる小川には氷が張っていた。

 なだらかな階段をすたすた上る。確か玄関に向かって階段を下りたはず。なぜ、上に玄関を作らなかったのか。それにしても、ここが何階なのかが既にあやふやである。造りを見ると一部屋一部屋の入り口が離れていて本当にゆっくり出来そうだ。


「こちらの『Tau』をお使いください」

「タオ、とは?」

「ドイツ語で、露のことをいいます」

 オーナーは一緒に部屋に入り、水場の案内をしてくれた。宿帳に挟みますからカードに名前をと言われ、座って書いていると、紅茶を入れてくれた。

「あまり降らない地域なんですけどね」

「そうですよね。でもまあ、風情があって。ああ、いい景色ですね」

 大きな窓に切り取られた景色は白と灰色で出来ていた。雪と海。雲の灰色を映した海は荒い波を立てていた。

「館内の案内図と海岸への地図がこちらです。一番上には大浴場がありますし、海への小路は雪かきもしてありますから、暖かくして行くのもいいですよ。中庭から直接出られます」

「海、暗くなる前にちょっと行ってみようかな」

「ええ、そうですね」


 日暮れまでもう少し。オーナーの言われるまま、階段を少し下り、中庭から海へと歩く。


 白い雪が降り注ぐ海。凍らない海。積もらない灰色の海は漆黒へと近づいていた。

「詩人みたいだな」

 独りごちて海辺を行く。善樹はコートの襟を寄せ直した。ふと気配を感じて振り返るとペンションからの小路を桃色の作務衣が跳ねていた。手を振ると、彼女は立ち止まり、手を。


 振り返すことなく、ペンションへ戻って行った。



 見えなかったのか、知らないやつと思ったのか、忘れ物を思い出したとか? ひゅーと吹いた風で我に返る。そうだ、熱燗でもつけてもらおうか。料理が有名だと聞いていた。腹も空いてきたし。海辺をぐるりと歩いてから小路を上がる。

 小路から見上げたペンションは上手に崖に張り付いていた。どの部屋からでも海が見えるようだ。見掛けは古い和邸宅だが、中は洋風で、明治や大正時代を思い浮かべる。

「おしゃれなことをするなあ」

 小路を上がりきると玄関に着いてしまった。雪を払いながら中に入った。

 ロビーは客が到着していて騒がしくなっている。


「あら、桜井様、海はいかがでしたか?」

「ああ、オーナー。やや、玄関についてしまいました」

「中庭には右寄りの小路を上がるんですよ。路ばかり気にされてましたか? それとも、お屋敷を見上げながら?」

「見上げてましたねえ」

 くすくす笑うオーナー。

「オーナー、さっきは」

「え?」

「ええ、小路を下りてきたでしょう、手を振ったんですけどねえ」


「あら、ごめんなさい。お食事のご案内を忘れてしまって。行こうとしたらお客さまが到着されたので、引き返して」

「ああ、そうでしたか」

 食事はダイニングでお願いしますと言われた。たくさんのお客で賑わうロビーを暫く見ていた。座ったソファも皮張りに艶があり、古き良きを思わせる。

 大学生や若い夫婦。女子会に親子連れ。いろいろな世代に人気があるようだ。まあ、階段とつくから、老いぼれ世代は来ないかもしれない。玄関まで下りてまた部屋に向かって上がるのだから。しかも大浴場が一番上ときてる。


「あや、大浴場行きたい」

「いいね、部屋見たら行こうか?」

「夜中も入ろうよ」

「夜中? お化けでたらどうするのよ?」

「決まってるじゃない、写真撮るわ」

「叫んで終わり。そんな余裕ないわよ」


 お化け?


「あのー」

 善樹は話しかけてから後悔した。怪訝そうな表情を隠そうともしない。ただ、あやと呼ばれた子だけがにこやかにしてくれた。五人のうちたった一人。分は悪い。


「何か?」

「お化け、出るんですか?」

「みたいですよ。アタシたち、そういうのを研究してて。まあ、出くわしたこと、一度もないんですけど」

「ほう」

 好奇心がウズウズする。が、他の四人があやを連れて行ってしまった。仕方ないか。二十七歳だとはいえ、切りそびれた髪の毛に着古したジーンズである。怪しく思われても仕方ない。


 ふわりと桜の匂いがした。見渡すが桜はない。若い夫婦が階段を上がっていく。随分とイケメンの旦那である。風邪引きなのかマスクをしているが、イケメン具合はちっとも隠れていない。


「一番広いお部屋ですから。ゆっくりされてくださいね」

「ありがとうございます。一所懸命、お仕事片付けて来ました。来るの、楽しみでした」

「それはそれは。お食事も期待してください。美味しいお魚が入りましたし。何かプレゼントでも」

「大丈夫です、大丈夫です、ほんと、予約取れて、ちゃんと来られたことだけでも、すごいんですから」

 二人ともスーツの様を考えると仕事を終えたその足で来たようだ。イケメンの足の長さとかわいいのに胸が立派な夫婦は軽い足取りを残して見えなくなった。



 歳上らしい綺麗どころの女性が三人。主婦の息抜きだろうか。


「うわ、すごい階段」

「運動、運動」

「もう飲み過ぎて疲れた」

「ほら、行くよ、まだ飲むんだから」

「リー、足揉んでよ」

「じゃあ、顔、マッサージして」

「アタシもー」


 コンビニで仕入れたらしい缶チューハイをぶら下げて階段を上がっていく。そのあとを行くのは親子連れだった。男の子が二人、じゃんけんをしながら階段を行く。

「あなた、気をつけて」

「ああ、お前もな」

 年は近そうだ。結婚か。まだまだ先だな。


 桃色の作務衣が通った。

「あ、オーナー」

「はい」

「夕食、熱燗、付けてもらえるかな」

「はい、おすすめがあります」

「楽しみです」


 オーナーの他に八人ほどの従業員がいることが分かった。皆、色は違うが作務衣に身を包み、楽しそうにもてなしをする。


 出逢いもネタもタイミングですよ、と宣ったあいつ。ああ、床屋に行っておけばよかった。



 

 








 


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