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9.本当の真夜中

*前回のお話*

学校の音楽会を歌い終わったとき、なんと美奈子のポケットにナナイロサウルスの骨が入っていた。

 いよいよ待ちに待った夏休みが始まった。

 タンポポ団はいつものように、見晴らしの塔のそばの噴水広場に腰を掛けていた。

「みんな、自由研究とか考えた?」美奈子が聞く。

「ぼく、このあいだデパートで買ってもらったカブトムシの観察記録を付けるんだ。つがいだから、もしかしたら卵を産むかもしれないし」和久はわくわくとした顔で言う。

「おれは、思い出の小路をどこまでも行ってみようかな。今までいった奴はせいぜい、北ラブタームーラの境辺りだったっていうしな」浩はさっそく指をポキポキと鳴らす。

「わたしは、この休み中に何冊本が読めるか試してみますよ。50冊は固いと踏んでいるんですがね」読書好きの元之が顔を上げる。すでに膝には本が広げられていた。


「あたしだけかあ、何も予定を立ててないのは」美奈子はふうっと溜め息をついた。「何をやろうかなあ。アサガオの観察なんて、あんまり普通すぎるし」

 元之が助け船を出す。

「この間読んだ本が中々興味深かったですよ。なんでも、深夜0時というのは本当の真夜中ではないそうなのです」

「えー、どういうこと?」元之の思惑通り、美奈子が食いついてきた。

「時間を決めたのは人間ですよね。明るければ昼、暗くなれば夜、勝手にそう呼んでいるだけです」

「うんうん、それで?」

「宇宙には本当の真夜中というものが存在するそうです。それは夜中の2時から3時の間に存在するとのことです」ここで元之は、もっともらしく咳払いをする。「どうです、美奈子君。その本当の真夜中というものを自分の目で確かめてみませんか?」


「その本当の真夜中って、どんなふうなの?」と美奈子が聞いた。

「さあ、肝心な部分は書いてありませんでしたね。見るものによって違うのか、それとも完全なる闇なのか……」

「あたし、やってみようかな、それ。夜起きているのは得意な方だし、夕涼みするにもちょうどいいじゃない」美奈子はすっかりその気になっていた。

「試してみるといいですよ。もし、本当の真夜中を見ることができたら、わたしに教えてください」

 夜中の2時、3時に起きている人など、ラブタームーラ中にたくさんいるだろうに、誰もそんな話をしてはいない。ふと、美奈子はそのことに気がついて尋ねた。

「でも、誰かが本当の真夜中を見た、なんて言っているのを聞いたことないわよ」

 すると元之は答えるのだった。

「本当の真夜中とは、それを見ようとするものにしか見えないものなのですよ。少なくとも、あの本の中にはそうありました」

 それを聞いて美奈子は、なるほどなあ、誰も本当の真夜中のことなど気にしてないもんな、と納得するのだった。


 その夜、美奈子は夜の9時にベッドに入った。緑でさえ、まだ起きている、そんな時間である。

「美奈子、そんなに早く寝てどうするんだい?」おとうさんが不思議そうに聞いてきた。

「学校の宿題の1つなの。真夜中の2時頃に起きるからね。それまで起こさないでちょうだい」

 10時近くになって、緑が寝に行くとき、隣でぐうぐう寝ている美奈子を起こさないよう、そっと毛布をかぶるのだった。

 もっとも、叩いてもつねっても起きそうになかったが。


 それでも、2時前に目覚ましが鳴ると、美奈子は弾かれたようにパッと飛び起きた。

「自由研究の時間だわ」半分寝ぼけた口調でそう言うと、ベランダにノートと鉛筆、デジカメを持ち出し、ベンチに腰掛けた。準備のいいことに、砂糖抜きのアイス・コーヒーも持ってきていた。目を醒ますためだ。

「うっ、苦い。大人って、こんなもんよくうまいと言って飲んでるわね」コーヒーそのものよりも、苦さで目が覚めてきた。


さいわい、今夜は雲一つない晴天だった。さそり座やはくちょう座などが、鮮やかにきらめいて見えた。

「夜空なんてあんまり見上げないけど、本当にきれいなものね。あの明るい星を3つつなげるとちょうど三角形になるわ。あれが夏の大三角形というやつなのね。目を凝らしてよく見ると、霞んだ雲のようなものが見えるわね。ああ、あれが天の川かあ。わたし、図鑑では見たことがあるけど、実際に見たのは初めてだわ。想像していたより、ずっと淡いのね。あのそのWをしたのはカシオペアね。なんてはっきりして見えるのかしら。それに、星にもそれぞれ色がついて見えるわ。さそり座のあの大きな星は赤い色をしているし、あっちのは青く輝いているわ」

 美奈子は本当の真夜中のことなど忘れて、夜空に夢中になっていた。


 2時も半を過ぎた頃だろうか、急に全天が真っ暗になった。星1つ見えない、そんな闇だ。

「来たっ、これが本当の真夜中なのね」

 けれど、暗闇が訪れたのはほんの数秒だけだった。いったん、元の星空に戻ったかと思うと、まばゆいばかりの明かりが町を照らし出した。

 美奈子は目を開けていられず、思わず両手で顔をふさいだ。

「あれは太陽? まっすぐこちらに向かって進んできたわ」太陽はそのまま地球を通り抜け、また暗い宇宙が戻ってきた。

 次にやってきたのはゴツゴツとした惑星だった。

「知ってる。前に図鑑で見たことがあるわ。あれは水星ね」水星も地球を通り抜けていった。

 今度は明るく輝く惑星が近づいてきた。

「あれは金星ね。じゃあ、次は火星かしら?」

 金星が地球をすり抜けていくと、間もなくして真っ赤な惑星がやって来た。美奈子の言う通り、火星だった。


 木星が地球のそばまで来たときは大迫力だった。大赤斑が、そのまま美奈子を呑み込んでしまうのではないかとドキドキさせられたものである。

 土星、天王星、そして海王星がやって来る。まるで、プラネタリウムでパノラマを観せられているかのようだった。

「これが本当の真夜中なのね……」美奈子は興奮と神秘に対する憧れに挟まれるようにして、ほっと溜め息をついた。

 すべての惑星が行き過ぎてしまうと、後にはまた元の夜空が。

 さてと、今見たことを記録しようとノートを広げ、エンピツを手にしたところで、ふと思った。

「これらを自由研究として提出してもいいんだけど、絶対に誰も信じないよね。ほらを吹いていると思われるのもしゃくだし、やめておこうっと」そう言うと、ノートを畳む。

「あーあ、何かまた、新しいテーマを見つけなければ」頭を掻きながら、そうつぶやくのだった。

*次回のお話*

10.ヒマワリ畑

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