8.音楽会
*前回までのお話*
中央公園に立つ2本のニレの木。彼らはおしゃべりができた。美奈子と緑は、ニレの木からラブタームーラの歴史を聞くのだった。
トルルルっと目覚ましが鳴ったので、美奈子は慌てて飛び起きると、目覚ましのスイッチを切った。隣を見ると、緑はまだすうすうと寝息を立て、気持ちよさそうに眠っている。
今は夜中の1時。これから博物館まで行くのだ。もう1度ナナイロサウルスにあって、捜し物を聞き出そうというのだった。
美奈子は急いで着替えると、寝静まった家の中をそっと出て行った。
7月ともなれば、たとえ夜でも寒くもなく、そよぐ風が心地よかった。
博物館の門の前には、すでに元之、浩、和久が集まっていた。
「ナナイロサウルス、まだ来てない?」美奈子は聞いた。
「わたし達も、今来たばかりです。まだ、町の中をさまよっているのでしょう」と元之が答える。
「そろそろ来る頃だよな」浩が時計を見ながら言った。
タイミングよろしく、通りの向こうから、ナナイロサウルスの幽霊がのっそのっそとやって来た。タンポポ団の面々を見ると、はたと立ち止まり、驚いたことにこう言った。
「あら、あなた達、また会ったわね」それはまるで、フルートの音色のように、心の中に響いた。
「えっあなたって話せるの?」美奈子はびっくりした。
「ええ、といっても、直接声に出ているわけじゃないの。あなた達の心に直接話しかけているのよ」
「それなら話が早えや。館長に言って、失くした骨のことをすべて話しちまえばいいんだ」浩が言う。
「それが、わたしの話はあなた方にしか聞こえないらしいのです。たぶん、あなた達が最初にわたしを見つけてくれたからかもしれませんね。それに、頭の骨を見つけてもらって、言葉を思い出したんですよ」
「ふうむ、言語中枢と関係があるのかもしれませんね」そう元之はつぶやいた。「なんにしても、これでコミュニケーションが取りやすくなったというものです。それで、次はどこの骨を探しているんですか?」
するとナナイロサウルスは答えた。
「胸の辺りがすうすうするのです。それに、歌が歌えなくなってしまいました。あんなに大好きでしたのに」
「じゃあ、きっと胸の骨だよ。それって、どこにあるの?」和久が聞いた。
「さあ……。学校にあるような気がしてならないのですが」
「学校ですか。わたし達も学校はさんざん探したのですが、それらしいものは何も見つかりませんでしたねえ」
「なあ、学校っていうのは思い違いじゃねえのか? 実は幼稚園とかよ」
「いいえ、確かに学校でその感じを強く受けました。どうか、もう1度探してみてはもらえないでしょうか」こう頼まれては嫌とは言えない。
「いいわ。今度は別のところを探してみる」美奈子はそう約束した。
「ところで、あなたには名前があるのですか? あ、いやこれは失礼。まず、わたし達から名乗るべきでしたね」元之は、まず自分、美奈子、浩、そして和久を紹介した。
「わたしの名前はシャルルーといいます。ある日、昼寝をしていましたら、それがあんまり長かったとみえ、いつの間にか土に埋もれ、気がついたら骨だけになっていたのです」
「あなた、1億年も眠っていたのよ。わたし達が見つけなかったら、この先もずっと眠っていたでしょうね」と美奈子。
「そんなに?! どうりで何もかも変わっていると思ったわ。わたしがいた頃は、この辺りはどこもかしこもタンポポの野原だったっけ」
「人は住んでいた?」美奈子が尋ねる。
「ええ、こんなに大きくはないですが、町はありましたよ。わたし達はよく、お互いにおしゃべりをしたりして楽しんでいました」
「これは驚きましたね。人間が誕生したのは、たかだか数千年と聞いていましたが」元之はヒューと口を鳴らした。
「とにかく、あなたはもう町をうろつく必要なんてないわ。わたし達がなんとかするから。それに、あなたが見つけたとしても、それを拾うことなんてできないんじゃないの? だって、あなたってすけすけなんですもの」
「あなた達が見つけてくれるんですって? それは本当に助かります。どの道、わたしは幽霊なので、見つけたとしてもどうにもなりませんものね」シャルルーは認めた。
「よしっ、次は胸の骨だな。学校にあるっていうんなら、徹底的に探してやろうじゃないか」浩が力強く言う。「校庭中を掘り返しても見つけてやるぞ。絶対にどこかにあるっていうんならな」
夏休みが近かった。毎年、終業式には、音楽会が開かれる。美奈子達も、毎日、放課後に残って、合唱の練習をしていた。
「はい、そこ、桑田君。君は声が大きすぎる。もうちょっと、控えめにね」音楽指導の鈴木幸一先生が、そう指摘する。
確かに桑田の声はばかでかかった。彼1人のために、ほかの者の声が聞こえないほどだった。
「はーい」桑田はそういうと、自分なりに声量をしぼる。それでも、十分に大きな声だったが。
歌詞はこうだった。
さんさんと輝く太陽
空を自由に羽ばたく鳥達
タンポポの咲き乱れるこの野原を
わたしは自由に駆け巡る
いつしかわたしは疲れ果て
3つの山のその1つをまくらに
ぐっすりと眠りにつく
それはなんて心地よい眠りなのだろう
夢の中でもわたしは野原を駆ける
そこにはおいしいリンゴがたわわに実り
お腹がくちくなるまで食べ続ける
なんて素晴らしい世界だろう
なんて素晴らしい世界だろう
この歌は、ラブタームーラに古くから伝わる民謡で、もちろん作曲者は不詳だった。
ただ、終業式のたびにこの歌を歌わされるのだ。
「桑田、声大きすぎ」学校の帰り、美奈子がそう非難した。
「しかたねえだろ、これがおれの地声なんだからよ」
「もっと、ささやく感じで歌うといいと思いますよ。あなたの声は、けっして悪い声じゃないのですからね。それに、ちゃんと調子も合っているし」こう言って元之が慰める。
練習は毎日続いた。元之のアドバイスもあって、桑田も次第に周りの者に溶け込むようになっていった。
「この曲って、誰がどんな思いで作ったんだろうね」美奈子が誰にともなく尋ねる。
「相当昔の歌ですよね、これって。当時の詩人が、旅の途中で作ったのかもしれませんよ」と元之は推論した。
「でも、タンポポだらけの原っぱなんて、まるでこの間シャルルーが言っていた1億年前の世界だぜ。社会の時間に言ってたけど、すくなくとも数百年前はこの辺りは森だったっていうじゃねえか」
「まあ、1億年は大げさだとしても、その当時もタンポポ畑くらいはあったでしょう。もっとも、シャルルーは自分がいた当時も人が住んでいたと言っていましたがね」
音楽会の練習があっても、タンポポ団は学校に残り、あちこちとナナイロサウルスの骨を探し回った。
美術室、図工室、それによその教室まで。
しかし、いくら探しても虹色に輝く骨は見つからなかった。
「思うんですがね」唐突に元之が話し出す。「最初の骨も、もとは本でしたね。おそらくですが、初めから骨の姿をしていないんじゃないでしょうか」
「それってどういうこと?」美奈子は聞いた。
「つまり、何か別の形をしているってことです。となると、ただ探すだけでは見つかるはずもありません」
「じゃあ、どうすりゃあいいんだ。おれたち、シャルルーにきっと見つけてやるって約束しちまったんだぞ」浩は口を尖らせた、
「まあまあ、落ち着いてください。そうだ、まだ図書館を探していませんでしたね。また、あそこに隠されているかもしれませんよ」
そういうわけで、タンポポ団は図書館を当たってみることにした。
朝は早くから学校に行き、昼も放課後の後も、図書館の本を片っ端から調べてみる。
元之は例によって難しそうな本を読み始める。美奈子は物語になっている本を、浩は図鑑から、和久は低学年用に書かれたやさしい本を選んだ。
けれど、いくら読んでも、今度は骨が出てくる様子はなかった。
しまいには、恐竜に関する本を全部読み終えてしまったが、とうとうナナイロサウルスの骨は現れなかった。
「うーん、図書館でもなかったですか」さすがの元之もがっくりと肩を落とす。
「あとはどこだろうな」と浩。
「視聴覚室は?」和久が思いつく。
「あそこは真っ先に調べたじゃありませんか」元之が言った。
そうこうしているうちに、いよいよ明日は終業式となった。
「ああ、緊張する。人前で歌うのって苦手」美奈子は溜め息をつく。
「まあ、それが終われば夏休みですからね。そう思えば、少しは楽になるでしょう」
「でもよ、宿題がたっぷり出るんだぜ。うんざりするよ」浩は肩をすくめた。
「それに通信簿。ぼく、今年はあまり自信がないんだ。またおかあさんに怒られちゃうよ」和久はもうすでに泣き顔だった。
全員が体育館に呼ばれ、いよいよ終業式が始まった。まず最初に校長先生の長い話が始まり、ついに美奈子達が歌う番がやって来る。
2年生全員が壇上に上がり、鈴木先生がタクトを振るう。
さんさんと輝く太陽
空を自由に羽ばたく鳥達
タンポポの咲き乱れるこの野原を
わたしは自由に駆け巡る
いつしかわたしは疲れ果て
3つの山のその1つをまくらに
ぐっすりと眠りにつく
それはなんて心地よい眠りなのだろう
夢の中でもわたしは野原を駆ける
そこにはおいしいリンゴがたわわに実り
お腹がくちくなるまで食べ続ける
なんて素晴らしい世界だろう
なんて素晴らしい世界だろう
全曲歌い終わったとき、美奈子はあらっと思った。
キュロットのポケットにコトンと何か違和感を感じたのだ。いったい、何かしら。
タンポポ団が集まったとき、美奈子はそれを取り出して見せた。なんと、虹色に輝く、ハート型の骨だった。
「おおっ、これこそまさにナナイロサウルスの骨ですね!」と元之。「 ははあ、なんとなくわかってきましたよ。骨は直接どこかに隠されているのではなく、何か、あるいは誰かの思いに預けられているのですよ。図書館ではそれを書いた人の思いに、そして今回の音楽会では作曲した人の思いに、です」
「こいつ、きっと胸の骨だぜ。だってよ、ハートの形をしてるもんな」
さっそく博物館へと出向き、館長にその骨を見せた。
「これはまさしく、胸の骨だ。君達、よく見つけることができたなあ!」そう手放しで喜ぶのだった。「さっそく、レプリカと入れ替えることにしよう。あと3つか。どうやら、君らタンポポ団に任せておけばちゃんと見つけてもらえそうだぞ」
*次回のお話*
9.本当の真夜中




