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7.公園の休日

*前回のお話*

町外れに住む「ネジの緩んだアインシュタイン」が、また何か発明した。それは一見、ただの望遠鏡に見えたのだが……。

 日曜日、空はカラッと夏晴れだった。

「ねえ、緑。中央公園に行こうか」美奈子が言う。

「うん!」

 以前、魔法昆虫が逃げ出したとき、美奈子達は中央公園でダイヤモンドカマキリを見つけたのだった。

 しかし、美奈子が魔法の虫取り網を取りに家へ戻っている隙に、なんと、緑がそのカマキリを素手で捕まえていた。

 あの時ほど心臓が止まりそうになったことはなかったわ、と美奈子は思い出す。

「だって、2本のおしゃべりする木が切られちゃうと思ったんだもん」けろっとしてそう答えたものだった。


 中央公園に行くと、まっさきに2本のニレの木が2人を見つけた。

「おや、美奈子と緑が来たぞ。緑には恩があるからのう」と1本が言い、

「そうじゃ、そうじゃ。あやうく、我々も刈り取られてしまうところじゃったなあ」とつぶやくのだった。

「こんにちは、ニレの木さん。もう、すっかり葉っぱがついて夏って感じがするわ」

「こんにちは」緑もペコリとあいさつをする。

「いつぞやは助かったわい。おかげで、今もこうして立っていられるんじゃ」

 所々切られてしまったプラタナスは、今ではすっかり植え替えられ、何もかも元通りだった。


「さあさ、日差しが暑いから中へお入り。わしらの下は涼しくて気持ちがいいぞ」

 そこで2人はそれぞれの木により掛かって座った。

「あなたたちは、もうどれくらい生きてるの?」ふと、美奈子が尋ねる。

「そうさなあ、もう300年にはなるかのう。この町の歴史も良く知っとるぞ」

「木のおじさん達、そこに立ったまま動けないのに、なんでそんなによく知ってるの?」緑が素朴な疑問を投げかけた。

「それはだなあ、風や鳥が様々な情報を持ってきてくれるからじゃよ。それに、わしらはこの通りノッポだからな。町中が良く見渡せるんじゃ」

「ふうん」と緑。


「ねえ、ニレの木さん、この町の歴史を聞かせてくれない?」美奈子が頼んだ。

「いいともさ。そもそも、ほんの300年ばかり前までは、誰も彼もが魔法を使えたのじゃ」

「えー、ほんと? だって、魔法は5人の魔法使いしか使っちゃいけないんでしょ」美奈子は驚いた。

「いやいや、その頃はそんな決まりなどなかった。じゃあ、ちいとばかし、そのことについて話してやろうな」


「魔法を使うためには、5つの魔法元素が必要だと言うことはもう習ったかな?」

「ええ、退屈な授業だったわ」美奈子は白状した。

「5つの魔法元素って何、お姉ちゃん」緑が聞く。そこで美奈子は、学校で習ったことを説明し始めた。

「まずは想像力、次に感性、それから抑止力だったかな。そんでもって、理性と忘却よ。それぞれに意味があるんだけど、詳しいことは忘れちゃった」

「さよう、その5つの魔法元素が必要なんじゃ。しかし、それだけでは魔法は使えない。魔法を使うには、その者の本当の名前が必要なんじゃ」

「本当の名前?」と美奈子。

「そう、本当の名前じゃ。お前さん達の名前は両親が付けたものじゃな。そうではなく、生まれつきある名前のことじゃ。それは誰にでもあるものでな、まずその名前を口に出し、これから魔法を使うぞと宣言するんじゃ」


「あたしにも本当の名前があるの?」美奈子は聞き返した。

「むろんじゃ。だが、忘れているのじゃよ。というより、忘れさせられたといった方がいいかのう」

「なんで忘れちゃったの?」

「前にも話したが、その昔、悪い魔法使いがおってな、魔法昆虫などというやっかいなものをラブタームーラ中にばらまきおった。その魔法使いから魔法を使えなくするため、今の博物館の館長の祖先が――これがまた、強い力を持っていてのう――彼から自分の本当の名前を忘れさせてしまったのじゃ」

「でも、ほかの人達まで忘れさせることはなかったんじゃない?」

「そこなんじゃ。人々は程度の差こそあれ、好き放題に魔法を使い、ラブタームーラはいささか混乱気味じゃった。そこで、すべての人々から本当の名前を忘れさせる必要があったのじゃよ。これは、再び、悪い魔法使いが現れないようにする意味もあったのじゃがな」

「そういうことかあ」美奈子は納得した。


「でもさあ、5人の魔法使いはまだいるんでしょ? それはどうして?」緑が聞いた。

「ほんのたまにじゃが、自分の本当の名前を思い出す者がおってな、それを忘れさせたり、偶然、自分の本当の名前を使ってしまう者がうっかり魔法を使ったりしてしまった場合に備えて、魔法協会というものを作ったんじゃな。その管理をするのが5人の魔法使いというわけじゃ」

「その人達って、本当に魔法が使えるんだね」

「もちろんじゃとも。ただ、誰がその5人なのか、それはわしらにもわからん。もしかしたら、お互いに知らないのかもしれん。その必要もないしのう」


「でも、魔法協会の一番の責任者はいるんでしょ? その人はすべてを知ってるんじゃない?」

「魔法協会に責任者なぞおらんよ。あえて言うなら、5人がそれぞれ責任者ということになるかな」

 2人は意外そうな顔をしながらも、そういうものかもしれないなと思った。

「ところで、300年前って、この辺りは今とどう違ってたの?」と美奈子。

「その頃はわしらも若木でのう。この辺りはうっそうとした森じゃった。そこいらに生えているプラタナスなどまだ植えられていなかったし、第一、ほかの木達もずっと背が低かった。だから、わしらは当時から当たりを見渡すことができたんじゃ。お前さん達が住んでいるところは、もうすでに人がおった。小さいながらも、町があったんじゃ」

「坂下スーパーなんて、当然無かったでしょうね」と美奈子は、少しいたずらっぽく言う。

「いや、それが意外にも意外。あったんじゃ。もっとも、今と比べるとだいぶ違ってはいたがのう」

 これにはさすがに美奈子も驚いた。坂下スーパーが古いことは知っていたが、まさかそんな昔から存在していたなんて!


 木の下とはいえ、やはり7月の陽気はかなりこたえる。美奈子は喉がからからだった。

「ねえ、緑。あんた、何か飲む? そこの自動販売機でジュースでも買ってこようよ」

「うん!」

 2人は自動販売機の前であれこれと吟味した末、美奈子はオレンジジュース、緑はサイダーを選んだ。

 また木の下に戻ってきて、おいしそうにごくごくと飲み始める。空になった缶を捨てにゴミ箱へ行くと、美奈子は「あらっ」と声を出した。

 今まで晴れていたのに、急に雲が出てきて、ポツポツと雨が降り始めてきたのだ。

「ほれほれ、濡れないうちにわしらの下に入るといい。葉がたっぷりとついているから、ここなら雨に打たれずに済むぞ」

 言われるまでもなく、美奈子と緑はニレの木の下へと駆け戻った。


「雨、だんだんひどくなるね、おねえちゃん」緑が眉を寄せる。

「この雨、いつになったらやむのかしらね。ねえ、ニレの木さん、雨がいつやむかわかる?」

「ふうむ、風の状態と大気の重さからして、当分はやみそうもないな」ニレの木はそう答えた。

「弱ったわね。いつまでもこうしているわけにも行かないし」ここから美奈子の家まで、急いでも10分はかかる。その間にびしょ濡れになってしまうだろう。


「退屈だから、この辺りのことをもっと話して」美奈子は頼んだ。

「うむ。とにかく、ほとんど森と言ってもよかった。人が住んでいるところは別としてもじゃが。あの見晴らしの塔の周りも、今のように噴水広場なぞなかったわい」 

 そのとき、雨の中を気持ちよさそうに歩いて来る者があった。緑色をしたローブには水玉模様、顔がほとんど隠れてしまうほど深くかぶった白いチューリップ・ハット。雨降りお化けのフラリだ。

「わたしはもっと昔のことを知っていますよ」そう口を挟んできた。「なんせ、1億年もラブタームーラに住んでいるんですからね」

「1億年! お前さん、人間ではないな?」とニレの木が葉を揺らす。

「皆さんはわたしのことを雨降りお化け、なんて言います」フラリは別に気にするふうでもなかった。


「ねえ、フラリ。大昔って、この辺りどんなだったの?」と美奈子が興味津々に聞く。

「そうですね、まず木は1本も生えていませんでしたよ。一面野原で、タンポポの花がそれは美しく咲いていました」

「タンポポの野原かあ。あの見晴らしの塔はその頃からあった?」

「ええ、ありましたとも。わたしの勘違いではなければ、今よりも少しだけ高かった気がします」

「きっと、縮んじゃったんだね」と緑が言う。

「それか、溶けちゃったとか」

「じゃあさ、見晴らしの塔がなんなのか知ってる? みんなは灯台じゃないかって言うんだけど、あたしはなんか違う気がするんだ」

「さあ、そこまでは……」

「そもそも、あんたって何者なの? 幽霊でもお化けでもないでしょ?」美奈子はフラリに向かってそう言った。


「わたしの正体ですか? わたしはもともとスズランでした。もっとも、花を咲かすまでは自分のことを何も知りませんでしたが。わたしが芽吹いたとき、誰かが優しく水を掛けてくれました。毎日、毎日です。わたしは目も見えなかったし耳も聞こえないので、ただ感じるだけです。それでも、わたしを世話してくれている人のためにと、一生懸命育ちました。やがて枯れてしまう運命でしたが、なぜか花の精霊となってここにこうしているわけです」

「あんたってスズランだったのね!」美奈子はびっくりするとともに、言われてみれば確かにそんな格好だわ、と思うのだった。

「ぼくもね、向こうの世界にいた頃、大事にしていた花があるの。白い小さな花が、鈴のようにいっぱいついてるんだ」

「それこそスズランよ、緑。あんたとフラリって、何か関係があるのかもしれないわね」


 雨はますます強くなってきた。

 そこへ、母が2人分の傘を持ってやって来る。

「ああ、よかった。公園に行くって言ってたから、たぶんここじゃないかと思ったの。傘を持ってきたから、みんなで帰りましょう」

 美奈子は内心、ニレの木とフラリの話をもっと聞いていたと思ったが、こうして迎えに来てくれたので帰ることにした。

 それにしても、あの見晴らしの塔がそんな昔からあったなんて。何しろ1億年も昔のことである。

 そういえば、ナナイロサウルスも発掘されるまで1億年土の中にいたって言っていたなあ。

*次回のお話*

8.音楽会

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