5.元之のお使い
*前回のお話*
図書館で恐竜のことを調べていると、元之の詩集が突然ナナイロサウルスの骨になった。
「元之-、ちょっとお使い頼まれてくれない?」母の声だ。
「はーい」元之は2階の自分の部屋で本を読んでいるところだった。「自分とは何か」という哲学書である。
本にしおりを挟むと、階段を降りていった。
「3丁目のおばあちゃんのところに、これを持っていってもらいたいの」母が手にしているのは、紫色の風呂敷に包まれたものだった。
元之は心の中で、ああ、あれはおばあちゃんの好きな栗蒸し羊羹に違いない、と思った。
「前に一緒に行ったから道順はわかると思うけど、一応、地図を書いておいたから」そう言って、メモを渡す。手書きで、八百屋や魚屋などが目印に書かれている。
「大丈夫ですよ、ちゃんと覚えていますから」元之はそう言うと、風呂敷包みを受け取った。
元之の家から祖母の家まで、ゆっくり歩いて30分ほど。元之は、通りに出て歩き出した。途中に和久の家があり、さらに進んだところを右に曲がる。
そこをしばらく歩くと、地図にある通り、魚屋があった。
「安いよ、安いよっ! しかも新鮮な魚だよっ!」店主ががなり声を上げて客を呼んでいる。
前を通り過ぎて程なく、店主が怒鳴り声を上げるのを聞いた。
「誰かっ、そのイワシを捕まえてくれ!」
振り返ると、イワシが前ビレを使ってパタパタと逃げていくところだった。
「なるほど、イワシは足が速いと聞いていましたが、本当でしたか」元之は風呂敷を脇に置くと、イワシを捕まえるのに協力した。
「このイワシめ、真っ先にさばいてやるぞっ」と店主が脅す。
手が魚臭くなってしまったので、
「すいません、ちょっと手洗いを貸してください」と頼む。
「あいよ、奧にあるから勝手に使ってくんな」
店の中を通るとき、並べられた魚が一斉にギョロッとこちらを睨む。
「活きのいいサカナばかりですね」
「そりゃそうよ、獲れ立ての産地直送だものよお」
手を洗い終わると、魚屋の路地を左に折れた。
また角があり、そこにも地図の通り八百屋があった。
「母の地図は中々正確に書けていますね。ふだんはぼんやりとしていると思っていましたが」そう言って、クスクスと笑うのだった。
八百屋には貼り紙がしてあった。
〔マンドレイク入りました。甘くておいしいですよ〕
「マンドレイクか。あれって、確か魔法使いが秘薬を作るのに使う植物でしたね。果物だとは思いませんでした」
元之が店の前を通りかかると、八百屋の大将に声をかけられる。
「どうだい、兄ちゃん。マンドレイクを試食していかねえかい。採れたてだからうまいぞっ」
「それじゃ、お言葉に甘えて」元之は、マンドレイクの上半分を切ったやつを1つもらい、口に含んだ。
イチジクに似た、甘いおいしい果実だった。
「マンドレイクってこんな味がするんですね」見れば、ざるに入ったマンドレイクは、どれも口元にテープが貼ってある。
「そうさ、数が少ないんであまり出回らないんだが、今年はなぜか豊作でな。根っ子の部分はニンジンそっくりの味がするんだ。おっと、忘れてたが、料理するときには耳栓をしておいた方がいい。耳障りな声で叫び声を上げるからな。まあ、一応、テープを貼って口は塞いであるんだが」
八百屋を右に曲がると、踏切まで見通せるほど真っ直ぐの道に出た。
風呂敷包みを片手にどんどん歩いて行くと、途中に人だまりができている。
なんだろう、と覗いてみると、今どき珍しい大道芸をやっていた。
ピエロの格好をして、踊ったりパントマイムをしたりと、なかなかの人気ぶりだった。
「では、本日とっておきのパフォーマンスをお見せいたしましょう」ピエロはそう言うと、何もないところを探るような仕草をした。
「実はですね、ここに階段があるんですよ。皆さんには見えませんかね。わたしには見えるんです。どこまでも続く階段ですよ。いいですか、上っていきますから見ていてくださいね」
そう言うと、何もないはずの空を1歩、また1歩と上っていった。群衆から、ワアーッと歓声が上がる。
ピエロは誰も止めないものだから、そのままどんどん上がっていき、しまいには空の彼方に消えていってしまった。
好奇心旺盛の男の子がそれに続こうと、階段があると思しき場所に足を掛けてみたが、本当に何もないのだった。
「まさか、あれは魔法?」元之は心の中でつぶやいた。「いやしかし、魔法はこの町では『5人の魔法使い』だけに許されていることですからねえ。ということは、よほど巧妙なトリックなのでしょう。さすがのわたしも、こればかりは見破れませんね」
ラブタームーラには5人の魔法使いが住んでいた。彼らは一般の住民に混じって生活しているので、誰がその魔法使いかはわからないのだ。
結局ピエロはそのまま去ってしまい、大道芸はお開きになって、人々はちりぢりに去って行った。
「いやはや、不思議な芸を見せてもらいました」元之は満足そうに洩らすのだった。
やがて踏切に差しかかる。実はこの踏切、「開かずの踏切」と呼ばれていた。電車が来るわけでもないのに、いつも遮断機が下りている。
噂によれば、これまでに1度も開いたことがないのだとか。
遠回りをすれば地下道があるのだが、この日元之は、この遮断機が開くところを見てみたいと思い、待つことにした。
10分が経ち、20分が経過した。しかし、踏切は相変わらず甲高い音を鳴らしながら通せんぼをしたままだった。
「ここは本当に『開かずの踏切』なのかもしれませんね」もう10分待ったらあきらめて、地下道から行こうと思ったその時、ふいに黄色い電車がやって来た。
目の前をガタン、ゴトンと走り去り、それと同時に踏切は鳴るのをやめ、遮断機が開いた。
「なんだ、開かないと思っていましたが、そんなことはないではないですか。やはり噂は噂でしたね」
元之は満足げに踏切を渡っていった。
ここからは真っ直ぐいくばかりである。あと、ほんの5分ばかりだ。
そのとき、突然、イヌに吠えられた。
元之は一瞬、ドキッとしたが、すぐに平静を取り戻す。イヌと言っても、別に放し飼いではなく、ちゃんと鎖でつながれていることを確認したからである。
「それにしても面妖な。なんと、首が3つもあるではありませんか。これで大型犬だったら、わたしもすたこらと逃げ出しているところですが」
そのイヌは1つの胴体に3つの首が付いていた。それぞれが吠え声を立てているのだ。
しかし、大きいどころか、元之の膝ほどしかないチワワだった。
キャンキャンと鳴きながら、こちらを威嚇している。
「これ、そんなに吠えるんじゃありませんっ」家から老婦人が出てきてそうたしなめる。3つ首のチワワはシュンとなって犬小屋に引っ込んでいった。
「すみませんねえ、うちのケルちゃんは人が通りかかるたびに吠えるもので」
「いえいえ、おかまいなく。それに、よく見るとかわいいではありませんか。3つ首というのがちょっと珍しいですが」と元之。
「生まれつきなんですのよ。たぶん、3匹生まれる予定が、何かの不具合で1つになってしまったんでしょうね」
「なるほど、そういうこともあるかもしれませんね。どうか、可愛がってあげてください。小さなイヌは吠えるのが仕事のようなものですからね。あまり気にする必要はありませんよ」
「まあまあ、そう言っていただけると本当に助かりますわ」
互いに会釈をしあった後、その場を立ち去る元之。そう言えば、地獄の番犬に首が3つある怪物がいたっけな、そう思い出すのであった。
「地獄の番犬は、たしか恐ろくどう猛だそうですが、あのチワワもそれに負けず、勇猛果敢でしたね。でも、本当に小さい姿で良かったですよ。あれがもし、グレートデンほどの大きさだったら、見ただけで肝を冷やしてしまいますからね」
ようやく、祖母の家に着いた。チャイムを鳴らすと、しばらくして、足音が聞こえてくる。
戸がガラガラッと開き、祖母が顔を出した。
「おや、元之ちゃんじゃないかね。今日は1人かい?」
「ええ、おばあさんにこれを届けに来るよう、使いを頼まれまして」そう言って、紫色の風呂敷を渡す。
「ああ、あんたのおかあさんからだね。ということは、中身はきっと、栗蒸し羊羹だろうよ。どうだい、元之ちゃんも一緒に。ささ、そんなところに突っ立っていないで、中にお入り」
「それじゃ、ちょっとお邪魔していきます」
「それにしてもあんた、いつも丁寧にものを言うねえ。まるで他人行儀だよ。なんだか、初めて来たお客さんと話をしてるみたいだね」祖母はそう言って、カラカラと笑うのだった。
風呂敷包みを解いてみると、中に駅前の和菓子の老舗の名の入った箱が出てきた。その包み紙を開けてみると、果たして予想通り、栗蒸し羊羹だった。
祖母と元之は顔を合わせ、やっぱりという顔をする。
「まあ、わたしはこれが大好物だからね。買ってくるものといえばそんなところだと思ったよ」祖母が肩をすくめる。
「わたしも、そう思いました。おばあさんが栗蒸し羊羹が好きなのを知っていましたから」
「ちょいと切ってくるから、テーブルに座って待っといで」祖母は栗蒸し羊羹を持って、台所へ消えていった。
見回すと、つくづく古い家だな、と思う。仏壇には、元之がまだ小さい頃に亡くなった祖父の写真が置かれている。
「そういえば、おじいさんにもよく遊んでもらいましたねえ。なんでも好きなものを買ってもらったり、縁日のある日にはよく連れて行ってもらったものです」
そうやって懐かしんでいると、祖母が栗蒸し羊羹を1口サイズに切って皿に盛ってきた。楊子が2本さしてある。
小さい方の皿を仏壇に載せると、
「今、お茶を入れるからな」もう1度台所に行くと、使い込んだ魔法瓶と急須、それに茶碗を盆に載せて持ってきた。
まず、祖母が栗蒸し羊羹を一口ほおばる。
「やっぱり、あの店の栗蒸し羊羹はうまいねえ。さあ、元之ちゃんもお食べ」そう言いつつ、「もっとも、あんたのおじいさんは、あまり甘いものは好きじゃなかったがねえ」
「気持ちが肝心なのですよ、おばあさん。今頃は天国で喜んでいることでしょう」
孫が大人びたことをいうので、祖母は思わず笑い出してしまう。
「本当に、あんたは誰に似たのかねえ。相変わらず本の虫かね? ときどき友江が来て言うんだよ。元之は本ばかり読みすぎているってね」
「ええ、本は好きですよ、おばあさん。読んでいると心が和むのです」
「おじいさんも本が好きだったねえ。その影響だね、きっと。もしよかったら、おじいさんが読んでいた本を持っていくといい。もっとも、まだ読んでいなければ、の話だがね」
それを聞いて、元之はパッと目を輝かせた。
「きっと古い本なのでしょうね。わたしはそういうのが好きなものでして」
「なら、あとでおじいさんが使っていた部屋へ連れてってやるよ。どっさりあるから、好きなのを持っていくといい」
持ってきた風呂敷は、帰りには何冊もの本が代わりに入っているのだった。
*次回のお話*
6.遠い星の小さな友達




