18.元之の推察
*前回までのお話*
学校の自由研究のため、タンポポ団は近くにある山、通称ピラミッドを登ってみた。
美奈子が学校からかえってくるなり、おかあさんに声をかけられた。
「あら、美奈子。さっき、博物館の館長から電話があって、クリスマスの飾り付けを手伝って欲しいって」
「わかったわ。支度したら、すぐ行ってくるね」
美奈子は家が近所の浩、和久を誘って、さっそく博物館へと出かけていった。もちろん、緑も一緒だったが、元之は用事があると言ってそのまま家に引きこもってしまった。
「なんの用事だろうね」美奈子が言うと、
「あいつんちでも、クリスマスの準備かねえ」と浩。「うちなんか、欲しかったゲーム・ソフトをはい、と渡してチキンとケーキの用意をしただけだったなあ」
「うちもだよ。もっとも、プレゼントはまだもらってないけどね」和久は肩をすくめた。
「どこの家も同じようなものね。まあ、日本はクリスマスをたんにお祭りにしているだけだもんね。仕方がないわ」
博物館の門の周りは、派手にLEDのイルミネーションが張り巡らされていた。中に入ると、もっとすごいことになっている。
化石だの小さな骨格標本だのはおおかた片付けられていた。ただ、ナナイロサウルスだけは大きすぎてそのままぽつんと置かれている。
あちらこちらにパーティションが置かれ、隅の方にはすでに大きなクリスマス・ツリーが置かれていた。ご丁寧に、オーナメントもすでにぶら下げられ、クリスマスに関してはほとんど作業が終わっているように見える。
「おお、よく来てくれた。君達にやってもらいたいことがあるんだ」天井に飾り付けをし終わった館長が、脚立を下りてきた。
「手伝うって言ったって、クリスマスの準備はほとんど終わっちゃってるじゃないですか」きょとんとした顔で美奈子が言う。
「いやいや、そっちはもういいんだ。そこいらにパーティションがあるだろう? そこに絵を貼ってもらいたいんだよ。ほら、忘れてないかな? 今日はクリスマスを兼ねて町民絵画展も催すんだぞ」
そういえば、先月から博物館のあちこちにポスターが貼ってあったっけ。自由なテーマで絵を描いて、それをクリスマスの日に公開するのだ。
「和久君は、絵を1枚ずつパーティションに貼っておくれ。美奈ちゃんはその下に作者の名前とタイトルを書いたラベルを付けて欲しい。絵の裏に住所氏名が書いてあるからな」
緑は自由にしていいことになった。ツリーのオーナメントを眺めたり、ナナイロサウルスの骨格標本を見上げたり、ときどきは和久の手伝いをして、絵を画鋲で留めたりもした。
「100枚はありそうね」美奈子はふうっと溜め息をついた。
「パーティション、貼る場所足りるかなあ。それが心配だよ」そのことを館長に言うと、
「なあに、空いてる壁にセロテープで付けてもらってもかまわんよ。とにかく、貼れるところを工夫してくれたまえ」との答えが返ってきた。
そのころ元之はベッドに寝そべって本を読んでいた。「宇宙哲学とは」という、如何にも難しそうなタイトルであり、実際、内容も難解だった。
もっとも、元之の目に、活字の1字たりとも入ってきてはいなかった。なぜなら、もっと別のことを考えていたからである。
「シャルルーの最後の骨って、どこのことだろう。館長でさえ、ほかに見当たらないところはないと言っていたのに」
最後の場所は、言い換えれば最後の感覚とも言えた。一つ目は声だった。次は歌いたいという心。それから、何かを創りたいという右足の爪、踊りたいという足の爪。
ほかに何があるというのだろう。
シャルルーは、美しいものがそう見えないと言っていた。もちろん、心の中では美しさを感じているのだったが。
一見、矛盾しているこの謎を、どう解けばいいのか。
元之はふと目を閉じて、美しく咲く花を思い描いてみた。それがなんの花かはわからないが、とにかく美しいと感じた。
と、同時に別に目で見てそう感じているのではないと言うことに気がついた。
まてよ、もしかしたら……。
元之の胸に思い当たるものが生じた。
以前、三つ子山に登ったとき――それは花満開の春だったが――遠くに見える自分達の町並みがとても美しく見えたものだった。同時に、足元に咲く美しい花々には、気がついていてもとくに何も感じなかったのだ。
「そうか、そういうことか!」むくりとベッドを起きる。持っていた本を枕元に置くと、ひとりでに口元が緩んでくるのがわかった。「シャルルーは『目の骨』を失くしていたんですよ。もちろん、幽霊だからものを見ることはできます。ですが、『見る』ということはできなかったんですね。ただ、心の中で感じているに過ぎなかったんです」
思わず、小躍りをしてしまいそうになるほど喜んだ元之だったが、すぐに肩をがっくりと落とした。
「けれど、そんな抽象的なものをどうやって探し出したらいいんでしょうねえ。目のいい人を探せばいいのか、それとも美しい目の人を探すべきなのでしょうか……」
元之は再びベッドで仰向けになり、大きな溜め息をつくのだった。
その頃、博物館では町の人の描いた絵を張り出すのに大忙しだった。
「やっと3分の1くらい?」美奈子はペンを動かしながら尋ねた。
「うーん、4分の1くらかなあ。とにかく、まだまだたくさんあるよ」と和久。
「まったく、これだったらクリスマスの用意のほうがマシだったわ」美奈子はブツブツとこぼす。
「大丈夫だよ、美奈ちゃん。夜までには終わるから。今日の博物館は夜から開館だからね。それまでに間に合わせれば平気さ」
「そうね、文句ばかり言っててもしょうがないわ。さっさと片付けちゃいましょう。えーと、この絵は森下祐二、小4ね。タイトルは『こんなにクリを拾ったよ』だって」
「了解」それを和久がパーティションに1枚ずつ、貼っていくのだった。
そこへ館長が出来具合を見にやってきた。
「どれどれ。ほう、だいぶ出来上がってきたようだな。今年は賞があるんだよ。1等には特大のアンモナイトの化石、2等は三葉虫の化石、3等はメガマウスの牙1本。参加賞には、この間みんなで掘った化石を分けてやろうと思う。どうかな? なかなか素敵なクリスマスプレゼントじゃないかね?」
美奈子も和久も、内心では3等まではいいが参加賞が小さな貝の化石だったりほとんど形のわからないアンモナイトじゃがっかりするだろうなあ、と思っていたが、口には出さなかった。
「あら」美奈子が急に声に出した。「この倉又博吉って、どこかで聞いたことがあるけど……」
「コホン」と館長が軽く咳払いをした。「それはわしのことだ。ナナイロサウルスを掘り出したとき、どうしても骨格標本を描きたくなってなあ」タイトルにはその通り、「ナナイロサウルス骨格標本」と書いてあった。
どうせ、たいした絵じゃないだろうと表を見ると、それは見事な描写だった。まるで、絵からそのままナナイロサウルスが飛び出してきそうなほどだ。
「すごいっ、これを館長が描いたんですか?」思わず、美奈子が聞いてしまう。
館長はまんざらでもない様子で、
「わたしも、若い頃は絵の道を志しておったんだ。な、悪くないだろう?」
「こんなに上手に描かれたら、1等の特大アンモナイトの化石は館長のものですね」和久も覗きに来て、目を丸くしていた。
「館長、特大アンモナイトの化石、誰にも渡したくなくてこんなに緻密に描いたんじゃないでしょうね?」美奈子はじいっと館長を見つめる。
「違う、違う。わしも、自分でどうしてここまで絵が描きたくなったのかわからんのだ。それで出来上がったのがこれというわけさな。もう、20年もブランクがある上、自分で言うのもなんだが、こんなにうまく書けたのは後にも初めてなんだよ」
「まあ、あの特大アンモナイトの化石は、再び博物館のものね」美奈子が皮肉交じりに言う。
「まだわかんないよ、美奈ちゃん。もっとすごい絵の人がいるかも知れないし」
「このラブタームーラに? 本職の絵描きでもなければ、あの絵を越えることなんかで来っこないわ。あなた、ラブタームーラにそんな人がいると思う?」
「うーん……やっぱり、1等は館長かなあ」和久も美奈子の言う通りだと思うしかなかった。
「そんなに素晴らしいかね? それに、実はあのアンモナイトは手放したくなかったんだ」館長はほくほくとそう言った。
「ほーら、やっぱり」美奈子は肩をすくめる。
「だが、言っとくぞ。アンモナイトが惜しくて絵を出展するじゃないからな」
そう言っても、美奈子は「はいはい」と空ばっくれるだけだった。
そのとき、博物館のドアがいきなり開いて、元之がやって来た。
「来ないって言ってたのに」美奈子の言葉にも耳を貸さず、すでに貼ってある絵、積み上げられた絵を次々に見ていった。
「どうしたの、元くん」和久が聞いた。
「わかったんですよ、ナナイロサウルスの最後の『骨』のありかが」そう言いつつも、絵をめくる手を止めない。
ふと美奈子を見ると、館長の描いた絵がある。
「この絵は妙にリアルですね。まるで、魔法で描いたようです」しかし、元之が絵を手に取ってもなにも起きなかった。「これはしたり! いままで骨を手にした者は、もう1度触れてもなにも起きないのでした」
そのとき、遊び回る緑に気がついた。
「もしや、彼にもその資格があるのかもしれませんよ。なぜって、ナナイロサウルスの声が彼にも聞こえるのですからね」
そこで、緑を呼んでみた。
「なあに、元之兄ちゃん」まるで風のように飛んできて、元之を見上げる緑。
「緑ちゃん、この絵を手に持ってみてくれませんか?」元之は、館長の絵を緑に渡した。
そのとたん、絵は跡形もなく消えてしまう。
「わしの絵がっ!」館長は膝を突いて嘆き悲しんだ。
「やっぱり、そうでしたか。ナナイロサウルスに足りないのは『目の骨』だったのです。ええ、わかってますとも。目には骨などありません。ですが、彼女にはあったのです。さあ、緑君、両手を開いて見せてください」
緑がそっと手を開くと、その両手にはどんな宝石よりも美しい、虹色に輝く丸い玉が乗っていた。
「これ、なんなの?」不思議そうに聞く緑。
「これこそが、ナナイロサウルスの『目の骨』なのですよ。美しいものは心でも見ることができますが、目を開いていても何も見えないことがあります。ほかのことに夢中になっていたりするときがそうですね。その時に気がついたのです。そういえば、今日は博物館で絵の展示会があったのだということを」
「それに気付くなんて、さすが元くんね」美奈子は心から褒めた。
「しかも、館長の絵に一発で気付くなんて」と和久。
「え? 今のは館長の絵だったのですか」きょとんとする元之。その館長は泣きそうな顔でしゃがみ込んだままだった。見ていて、気の毒としか言いようがなかった。
結局、1等特大アンモナイトの化石は、高校2年の女子、大沢久美子がもらっていってしまった。
タイトルは「トンビがサカナをさらう」だった。
*次回のお話*
最終回・ナナイロサウルス