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17.冬を越す者達

*前回のお話*

ラブタームーラにバナナの雨が降ってきた!

 冬休みになり、「身の回りの冬を調べてみましょう」という自由研究が出された。

「そこらにぶら下がっているミノムシでも描いておきゃあいいんじゃねえの?」浩は面倒くさそうに言う。

「そんなのだめに決まってるじゃない。もっと広い範囲で探さなくちゃ」さっそく美奈子が反対した。

「そうですとも。冬は冬で様々な顔を持っているんです。先生が調べてくるように言っているのは、つまりそういうことですよ」元之も、最もらしく説教をする。

「じゃあさあ、4丁目の『ピラミッド』へ行ってみない? あそこ、今は枯れ木ばかりだけど、夏は珍しい昆虫がたくさんいたじゃない」和久がそう提案した。

 「ピラミッド」、本当の名前は青石山というのだが、大人達は三角山、子供達はたんにピラミッドと呼んでいた。

 その名の通り、ほぼ四角錐で、高さは300メートルほど。夏ともなれば、近所はもちろん、隣町からも子供達がやって来てカブトムシを捕りにやってくる。

 美奈子達の町からも10分くらいでいける距離にあった。


「ピラミッドかぁ。いいな、それ。あそこだったら、いろんなものがありそうだしな」と浩は賛成した。

「ねえ、緑も連れて行っていいでしょ?」美奈子が聞く。きっと、いい遊び場になるに違いない。

「ええ、かまいませんとも。急坂でもないし、途中で疲れることもないでしょうからね」

 そんなわけで、美奈子は急いで家に取って返すと、緑を連れて戻ってきた。

「そこ、カエルとかカブトムシとかいる?」と無邪気に尋ねる緑。

「うーん、今はいないでしょうね。カエルは冬眠ちゃってるし、カブトムシも土の中で卵でしょうからね」美奈子が言うと、緑はちょっとがっかりした顔をした。何しろ、緑は冬を知らない暖かい世界からやってきたのだから。


「その代わり、あなたのまだ見たことのない別な光景が見られますよ。決して賑やかではありませんが、それはそれで趣があるものです」そう元之は言うのだった。

 さっそく5人はピラミッドへ向かった。

 ここはクヌギばかりはえている山なので、今はすっかり葉が落ち、枯れ木の山だった。

「こういうのも森っていうの?」と緑が聞く。「森って、薄暗くて、色々なところに何かが棲んでいそうな気がしたんだけど」

 元之が手近な枝をポキッと折って、

「そうですよ。これも立派な森です。葉はすべて落ちてしまい、なんとも寂しい佇まいですが、これが冬の森なんです」


 しばらく登ると、開けた場所に出た。一面枯れ草の中に、緑は1本の花を見つけた。花の下から上に向かって、青から白へとグラデーションのかかったシクラメンだった。

「ねえ、見てっ。とってもきれいな花が咲いてるよ」緑はさっそく駆け寄る。

 ほかのみんなも寄ってきて、美奈子など、夢見るようにほうっと溜め息をついた。

「これはフェアリーシクラメンですね」元之が断言した。「そっと花を開いてみて下さい。そっとですよ、そっと」

 がさつな浩を押し退けて、美奈子がシクラメンのそばにしゃがみ込む。そして、言われた通り、そっと花を開いてみた。

 すると、透明な羽根を持ったかわいらしい小さな女の子が、両足を畳むように折って眠っているのだった。

「花の妖精ですよ」小声で元之が説明する。

 あんまり愛らしいので、一同はたっぷり5分はその様子を眺めていたものだった。


 離れた場所で浩が、「おーい、来てみろよ。トコトコを見つけたぞ」と叫ぶ。

 行ってみると、どけた石の下に毛むくじゃらのサワガニのような生き物がじっとしていた。

「これはまた懐かしいですねえ」そういうなり、その生き物をむんずと掴む元之。美奈子はそれをみているだけで、ゾクッとするのだった。「これはクモの一種でして、今は寝ていますが、夏にはほかのクモ同様、ちゃんと網を張って虫採りをするんですよ。冬の楽しみとして、わたしと浩君はよくトコトコを採って遊んだものです」

「遊ぶ? 遊ぶって、どうやって?」と美奈子。

「簡単だよ、美奈ちゃん。まず、こうして足で地面をならして」和久は土の上を靴の底で平にし、落ちている棒でスタートラインとゴールを描いた。

「よおし、久しぶりにレースと行きますか」浩はあちこちの石を引っ繰り返してはトコトコを探し回り、なんとか3匹捕まえてきた。

 トコトコはまったくといっていいほど動かなかった。まるで死んでいるように見える。

「こいつらをな、スタートラインに並べるんだ。手前から順に、おれ、元之、和久な。じゃあ、用意しろよ」

 3人はトコトコのすぐ後ろに指を置く。浩が「スタート!」と行った途端、おのおのが指を素早く叩く。すると、指で地面を叩くたびに、トコトコが歩き出すのだ。


「トコトコは眠っているときに振動を与えると、1歩、また1歩と動き出すという性質を持っているんですよ。わたし達はこれを『トコトコ・レース』だなんて呼んでいましたが」

「幼稚園以来だな、これをするの」浩が懐かしそうに言う。

「やったー、ぼくのトコトコが1番だ」2番目は浩だった。

「ちっ、長年やってないから腕が鈍っちまったな」ちょっと悔しそうに言う

「勝ち負けは時の運ですよ」ビリなのに少しも残念そうではない元之。「さあ、元のところに戻してあげましょう。彼らは眠っていたので、こうしてわたし達がイタズラをしたことに気付きもしないことでしょう」


「あれはなあに?」緑がまた何かを見つけた。それは木の枝に丈夫そうな糸でしっかりくくりつけられた、ウズラの卵そっくりの物体だった。違うのは表面に赤や緑の模様が描かれている点である。

「ああ、あれはオオヒバリガの繭ですね」と元之が言う。

「繭って?」

「昆虫には段階がありまして、卵、幼虫、蛹、成虫と育っていくのです。あれはその蛹に当たるものですね。繭の中に蛹が入っているのですよ。春になり、暖かくなるとオオヒバリガというガになって外に出てきます」

「ふうーん、不思議な生き物なんだね、昆虫って」

「昆虫ばかりではありませんよ。カエルだって、初めはサカナそっくりの姿をして水の中で暮らしているのです。だんだんと手足が生えてきて、代わりにしっぽがなくなり、そしてカエルになるのです」

 オオヒバリガの繭を見ながら、美奈子はかつて自分が解放してしまった魔法昆虫のことを思い出していた。そういえば、大きさといい、模様といい、そっくりである。

 知らないとはいえ、とんでもないことをしてしまったなあ。まあ、おかげで、かわいい弟が来たんだけれど……。


 そのとき、木の幹をトカゲがするすると駆け上っていった。

「おや、トカゲなのに冬に活動するとは?」元之は首を傾げた。

「冬にトカゲを見かけないのは、冬眠してるからなのね」美奈子はうなずいた。

 元之は、持ってきたリュックの中から、今日、始めて図鑑を出した。

「えーと、冬に見かけるトカゲ……」しばらくページをめくっていたが、やがて、うれしそうに声を上げた。「これです! カゲトカゲですよ。夏の間は木のうろや土の中で過ごし、冬になると活発に動き回る、とありますね。どうやら草食性、それも枯れたものを好むらしく、それで冬がぴったりの生き物なのですよ」何か新しい知識を得たときの元之は、まるでクリスマス・プレゼントでももらったかのように、いつもうれしそうである。


 さらに山頂に向かって歩いていくと、ぽっかり平原になっている場所へと出た。ここから山頂まではほとんど木が生えていないのだ。

「めったにここまで来ないけど、この際だ、てっぺんまで行ってみるか」浩がそう促す。距離としては4分の3ほど。いまさら引き返しても仕方がない。

 緑も含めて、全員がコクンとうなずく。

 夏でも、ここまで来ることはあまりない。木陰はないし、第一見るものもなかった。クヌギの木に集まってくる昆虫がいるでなし、つまらないだけの場所なのだった。

 ただ、見晴らしだけはよかった。周りに木がないので、町内の全貌が見渡せた。


 ピラミッドとは言ってももともといびつな山で、平原が現れる頃には坂もほとんど平に近かった。

 林を出て10分ほどで山頂に着いてしまった。そこにはススキに似た背の高い草が生え固まっている。

「フユパンパスグラスですね。まあ、見た目はふつうのとまったく変わりませんが」と元之。

「でも、ふかふかして気持ちよそさう」美奈子がフユパンパスグラスに近づいていくと、一斉に金色のチョウが舞い上がった。何百、いや何千匹はいただろうか。

「キンイロタテハです。そうですか、ちょうど旅立ちの日でしたか」元之はつぶやく。

「まあ、きれい。まるで鏡のかけらが飛んで行くみたい」美奈子は両手を胸に結んで言った。

「おう、なんだいキンイロタテハって」浩が聞く。

「渡りをするチョウの1種ですよ。チョウにも色々あって、卵で過ごすもの、幼虫で過ごすもの、蛹で過ごすもの、そして成虫として過ごし、暖かい地方へと飛んでいくものがあるのです。あれがそれです」

「ほんと、きれいだね。太陽の光を浴びて、キラキラ輝いてる」和久も思わず目を見開いて眺める。


 美奈子は思わず、ヒカリアゲハのことを思い出していた。

 緑を唯一、元の国へと帰してあげることので来た魔法昆虫。

 そもそもは、百虫樹という魔法昆虫の封印された繭を、美奈子が触れてしまったことが原因だった。

 おかげで5匹の昆虫が逃げ出してしまったのだ。さんざん苦労して、やっと最後に見つけたのがあのヒカリアゲハだった。太陽のように輝きながら空を飛ぶ、かつてみたどのチョウよりも美しい昆虫だった。

 ヒカリアゲハを元通り繭に封印すれば、緑は自分の国へと帰れるはずだった。

 しかし、ヒカリアゲハは唯一、魔法害のない純粋な魔法昆虫であった。そのことを知って封印に反対した緑本人、何よりも緑を返したくなかった美奈子の思いなどで、結局、逃がしてやったのだ。


 ポン、と肩に手を置かれた。元之だった。

「あの中にヒカリアゲハはいませんでしたね。きっと、自分の帰るべき場所へ戻っていったのでしょう。案外、そこは緑君のいた世界なのかも知れませんよ。いずれにしても、わたし達はもうヒカリアゲハと会うことはないでしょうね。でも、後悔はしていないでしょう? 結局はみんなで決めたことなんですからね」

 そうなのだ。ヒカリアゲハを逃がしたのも、緑を手元に置いたのも、すべて自分達で決めたことだったのだ。

 元之の言う通り、自分はなにも後悔していないことを、改めて知るのだった。


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