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16.バナナの日

*前回までのお話*

学芸会での踊りで、和久のもらった記念品は七色サウスルの爪だった。

 学校へ行こうとすると、居間から美奈子を呼ぶおかあさんの声がする。

「美奈子、今天気予報でやってたんだけど、午後からバナナ注意報が出てるわよ。滑って転んだりしたら困るから、長靴を履いていきなさい」

「はーい。じゃあ、袋も持っていくわね」

「あんまり傷んでいるのは拾ってこないでね。できるだけ上のほうのを取ってきて」

 ラブタームーラでは、たまにバナナが降ってくる。降り始めの頃はべちゃべちゃと潰れてしまっていて、これが滑る、滑る。

 スパイクを履けばいいと思うかも知れないが、たちまち靴底にバナナが重なっていき、すぐに歩けなくなってしまう。そのたびにバナナを取っていたら1メートル歩くのに5分もかかってしまうのだ。


 外はすっかり曇っていた。バナナ雲とでもいうのだろうか、房のように垂れ下がった黒っぽい雲が無数に続いている。

 袋を持ってきたのには訳がある。学校の帰りに、バナナを拾って帰るのだ。これが子供達には楽しくてたまらない。

 拾うだけではなく、その場で食べたり、中にはバナナを互いに投げ合って遊んだ。

 バナナが降っている時間は、せいぜい30分程度。積もっても30センチほどだった。

 それでも、自動車は規制が敷かれ、バナナをどけるまではしばらく道が走れなくなるのだ。


 給食が終わる頃、ボトッ、ボトッとバナナが落ちてきた。

「来た来たっ、バナナの雨だ!」ほとんど全員が校庭に出てバナナを受け止めようと、右往左往した。地面に落ちる前に拾えば、それほど傷まないで済むからだ。

 中には、スカートを広げて受け止める女子もいた。

「ちっ、女子はいいな、あんないっぺんにひろえるなんて」とほかの男子が言うと、

「へっ、だったらお前、明日からスカートはいてこいよ」とからかわれるのだった。


 たまに頭にバナナが直撃してしまう子もいた。

「いってえ。バナナに狙い撃ちされたっ」別にバナナが意図して狙ったわけではなく、たまたまそこに彼が立っていただけのことなのだが。

 また、地面の上で潰れたバナナを踏んづけて、そのままスッテンと転んでしまう子もいた。一応、長靴を履いていたのだけれども。

 そうこうしているうちに、バナナはあっと言う間に積もっていき、降り始めたときと同様、突然、上がってしまった。

「もうやんだか。せめてあと半日は降ってくれないかな」と誰かが言ったが、とんでもない、そんなことにでもなったらラブタームーラがバナナですっかり埋まってしまう。


 バナナを踏みながら美奈子は苦労しながらも家にたどり着いた。

 近所の人が大勢出てきていて、きれいなところのバナナを拾い集めていた。

「あら、お帰り、美奈子。さあ、あんたもバナナ拾い手伝いなさい」おかあさんと緑は手を止めずに、ビニール袋にせっせとバナナを詰めている。

「はあい」美奈子はランドセルと、拾ってきたバナナの袋を置くと、新しい袋を何枚かたぐって、外に出た。

「早いところ拾わないと、溶けて無くなっちゃうからね。それと、できるだけ、上のほうをとって。下の方はあらかた潰れちゃってるからさ」

「こんなにたくさん拾って、食べきれるのかなあ」美奈子はつぶやいた。

「料理に使ったり、ミックス・ジュースにだってできるでしょ。それに、バナナは健康にいいのよ。毎日3本は食べていってもらわないとね」

 毎日3本食べたとしても、1週間はかかるなあ、と美奈子は心の中で溜め息をついた。バナナは嫌いじゃないが、そんなに食べてばかりいたら、きっと飽きるに違いない。


 空から降ってきたバナナは、陽気がいいと半日で溶けてしまう。これまでも何度か降ってきたが、あちこちにバナナが落ちていないのはそのためだ。

 それにしても、町中、バナナの香りでいっぱいだった。どこもかしこも八百屋を始めたようである。

「ねえ、おかあさんってば。もう拾いすぎじゃない? 冷蔵庫に入ると思う?」美奈子は言った。

 おかあさんは手を止め、そこいらに置いたビニール袋を見渡した。ざっと10袋はある。

「そうねえ、冷蔵庫に入りきれない分から先に食べていきましょうよ。涼しいところに置いておけば、3日はもつだろうからね」

「溶けかかったバナナって、ちょっと酸っぱくなっておいしくないんだよね」美奈子は不満をぶつけた。

「でも、食べられるでしょ?」おかあさんは平気な顔をする。


 いずれにしても、今日は八百屋もスーパーも、バナナがまったく売れないだろう。なにしろ、ただで好きなだけ拾えるのだから。

「あたしだったら、今のうち拾えるだけ拾って、冷凍庫に入れておくなあ。それをあとで売るの。どう? いい考えでしょ」と美奈子はいたずらっぽく笑う。

「それはともかく、今日仕入れた分、損しちゃったわね。なんだか、自分のことのように胸が痛いわ」そう言いつつも、袋に詰めたバナナを部屋に運んでいく。


 雲が消えていき、太陽が顔を出してきた。直射日光に当たっているバナナが、みるみる黒く変色していく。

「明日の朝には消えちゃうわね」美奈子のおかあさんが残念そうに言った。

「こんなにどっさりあったら、邪魔でしょうがないじゃない」と美奈子。歩くにも困るし、溶けかけなど滑って危ない。

 見ている間にも、バナナは水蒸気になって消えていく。確かに惜しい気もした。

「ようし、今日からバナナを食べて食べて、食べまくってやるっ」美奈子はこぶしをギュッと握りしめた。


 夜、風呂に浸かりながら窓の外を眺めると、ぽっかりと三日月が浮かんでいた。

 昼のこともあって、美奈子にはそれが途方もなく大きなバナナを思い起こさせた。

「もし、あんなものが落ちてきたら大変ね。いったい、何人集まれば食べきれるのかしら。それに、溶けるっていったって、どれくらい時間がかかるのかなあ。そうだ、もしシャルルーが実体化したら、喜んで食べてくれるに違いないわ。だって、バナナはシャルルーがいかにも好きそうな食べ物なんですもの。骨格標本じゃ無理だし、幽霊のままでもだめ。かわいそうなシャルルー。せめて、そんな素敵な夢でも見ることができることを祈るわ」

 美奈子はそう言うと、風呂の窓をガララと閉めた。

*次回のお話*

17.冬を越す者達

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