15.学芸会
*前回のお話*
喫茶店すずらんで始めてコーヒーを飲んだ美奈子。白いミルクの渦をじっとみつめていると……。
あと2週間で学芸会だった。
「あたし達、なにやる?」と美奈子。例によって、タンポポ団だけで芸をすることになったのだ。
「あのう、劇とかは?」おそるおそる和久が言う。
「だめだめ。聞いた話じゃ、5組が『さるかに合戦』をやるって言っていたぞ。かぶっちまうじゃねえか」
「歌でも歌う?」美奈子が聞いた。
「歌? 前にも歌ったろ。夏休みの終業式の時に。おれは、あれでこりごりなんだ」
「じゃあ、あなたは何をしたいのですか」ここで元之が割って出る。
「それがわかんねえから、みんなでこうして相談してるんだろ。誰か、いい案はねえのかよ」
「自分こそ、アイデアを出してよね。他人にばかり頼ってないで」
「考えついてらりゃあ、とっくに話してるさ。なにも思いつかないんだって、おれだって」
「じゃあさ、踊りなんかどう?」また否定されると思い、和久が小声で言う。
「踊りかあ」ひろしはあごに手を当てて考えた。「いいんじゃねえか、それ。どうせなら、ラブタームーラの伝統舞踊を現代風にアレンジして踊らねえか?」
「いいですね。浩君にしては斬新な考えを出してきましたよ」元之も手放しで褒めるのだった。
ラブタームーラの伝統舞踊とは、互いに手をつなぎ合い、まるくなって踊る、シンプルなものだった。浩はそれに、跳んだり跳ねたりを付け加えて踊ろうというのである。
「うち、あのCDあるからもってくるわ」せっかくの踊りも、伴奏がなければ味気ない。
翌日から踊りの練習が始まった。なにしろ、幼稚園の頃から踊らされているので、基本的な動きは誰もができた。
「あとは息がぴったり合うようにすることだけだな」と浩。「もう2週間だからな。真剣に練習しなくちゃよ。それに、優秀賞には記念品が出るんだろ? どうせなら、いただいちまおうぜ」
そんなわけで、暇さえあれば、昼休みでも学校が終わった後でも、誰かの家で励むのだった。
いよいよ学芸会の日がやって来た。美奈子達は3組だから1年生から数えて9番目が出番だった。
1年生のは劇が多かった。下手くそだったが、どれもあいらしいものばかりだった。
いよいよ2年の番になる。1組は全員での合唱だった。下手ではなかったが、これといって褒めるところもなかった。
2組は擬人画をして見せる。季節はまだ遠かったが、聖書の中の1つを演じて見せた。二人の天使が互いに手をつないで飛び立つところ、聖母が子を抱くところ――もっとも、同級生同士なので、重くていつ落とすのかとはらはらさせられたが。
そうしたことが、各学年、各組の各班ごとに行われた。
ついに2年3組の番になる。2年からは、クラスごとではなく、班に分かれてやった。
初めの班はやはり歌だった。1人が歌い、あとの2人がバックでコーラスを奏でるのだ。
美奈子は内心「これは負けたわ」と思った。ソロを歌う佐々木則子という少女は、クラスでも特別に歌がうまかったのだ。しかも、相当練習したと見え、いつも以上に上手に聞こえた。
次の班はコントだった。これも、思わず笑ってしまうほどの出来で、だんだん自分達の演目に自信がなくなってくる。
「みなさん、かなりのものですね」ひそひそと元之が美奈子にささやく。
「なんてことないわ。あたし達だって、かなり練習したんだから」そう言い返しつつも、内心では不安だった。
ついに美奈子達の番がやって来た。いつも堂々としている浩や冷静な元之はともかく、臆病者の和久はすでに足が震えている。
「元之君、失敗したっていいのですよ。これは学芸会。なにもオリンピックに出るわけじゃないのですから」元之はそう言って、軽く和久の肩を叩く。
そうだ、気楽にやればいいんだ。賞をもらわなくたって、別にかまわないじゃないか。どうせ、メッキしただけの金メダルや銀メダルなんだ。ただの記念品さ。
そう思うと、不思議なほど勇気が湧いてきた。足の震えも、いつの間にか収まっている。
「じゃあ、CDを回すわよ」そっと美奈子が言う。一同は同時にうなずいた。
曲は古典舞踊のままだったが、手をつないで踊るタンポポ団は跳んだり跳ねたり、まるで現代風だった。しかも、さんざん練習したおかげで全員の息もピッタリだった。
踊っている間、美奈子もほかの誰も、賞のことなど考えなかった。踊りそのものが楽しくなっていて、それどころじゃなかったのだ。あるいは、それがよかったのかも知れない。まるで、1つの輪がぐるぐると回っているようにさえ見えた。
やがて、すべての芸が終わり、授賞式が始まった。
「1等、2年3組、佐々木則子、歌『森の仲間達』」校長がマイクに向かって発表した。
ああ、やっぱり。美奈子はがっかりした。
「2等、1年6組、森田祐二、フルート独奏『空に向かって』」
今度もダメだったか。今年は賞をあきらめた方がよさそうだわ。
ところが3等では、
「3等、2年3組、タンポポ団、現代風古典舞踊『夜の月を見上げて』」
美奈子はポカンとしてしまった。わたし達が3等に?!
「おい、やったじゃねえか!」浩が叫んだ。
「しぃっ、まだ学芸会は終わっていませんよ」そうたしなめる元之も、珍しく口元をほころばせていた。
和久など、感動のあまり何度も鼻をすするのだった。
そのあと、1人ずつ小箱をもらい、一礼して席に戻っていった。慌てて開ける必要はなかった。中に何が入っているかわかっていたからである。
1等は金メッキをしたメダル、2等は銀メダル、3等は銅メダル、昔からそう決まっていた。
学校が終わると、タンポポ団は固まるように集まってきて、
「まさか、おれたちが賞を取るなんてなあ」
「といっても、3等だけどね」本当はうれしいクセに、美奈子はわざとつまらなそうに言った。
「3等でもたいしたものですよ。考えてもごらんなさい。6組まであって、それが6年生まであるんです。36あるうちから選ばれたのです。自慢をしていいのですよ、皆さん」
「ぼく、自分がみんなの足を引っ張ってしまうんじゃないかって、そればかりが心配だったんだ」と気弱な和久が打ち明ける。
「そんなことなかったろ? お前は十分、頑張ったんだ」
「さて、銅のメダルを拝むとするか」浩が言い、小箱を開ける。確かに銅のメダルが入っていた。
それが合図のように、それぞれが小箱を開け始める。
「ああ、これが金メダルだったらなぁ」美奈子はふうっと溜め息をついた。
「銅でも、十分ありがたいですよ」元之が銅のメダルを箱から出すと、最もらしいそぶりで首から吊す。
最後に箱を開けたのは和久だった。
「これ、なんだろうっ?」当然、銅のメダルのはずだった。だが、全員がまったく別のものを見ていた。
虹色に輝く爪だった。
「なるほど、今度は舞踊でしたか!」元之が声を上げる。「あの踊りも古いものでして、誰が創ったのかわからないのですよ。きっと、その人もナナイロサウルスに出会っていたのですね」
タンポポ団は、さっそく博物館へと出向き、館長に虹色の爪を手渡した。
「おお、これは後ろ足の爪だぞ。ひとまず、これで全部の骨が揃ったというわけじゃな」と大喜びの館長。
さっそく調査団を呼び、レプリカと交換することになった。
その夜、タンポポ団は申し合わせて、真夜中に博物館の前へ集合した。
ナナイロサウルスのシャルルーのあの優しいフルートのような歌声が聞こえてきた。
近づいてみると、なんと驚いたことに、後ろ足で立って、ゆったりとしたダンスを踊っている。
「シャルルー、あんた、踊れたの?」驚いて美奈子が聞く。
「ええ、あなた方が後ろ足の爪を取り戻してくれたおかげで、踊ることを思い出したんです」
「でも、これで全部の骨が戻ってきてよかったね」と和久が言うと、
「それがどうも全部じゃない気がするんです」そうシャルルーは悲しげに答えた。
「全部じゃないって、ほかに何か足りない感じがするのか?」浩が聞いた。
「わたし、昔は美しいものを見たとき、美しさに心を奪われたものでしたわ。でも、今は、美しいものはただ美しい、それだけにしか感じられないのです」
「でも、美しいと感じることはできるのですね?」元之がそう尋ねた。
「ええ、例えば、あの夜空に浮かぶ月は、目で見てもどうってことはないのですが、心の中では美しいと感じているんです」
「うーん、それはいったい何が足りないというんでしょう」さすがの元之も考え込んでしまった。「美しさを感じるということはハートがある証拠だし、これは難問ですね」
「でも、館長の見立てででは、骨は全部集まったはずでしょ?」と美奈子。
「館長は確かにそういっていました。でも、わたしには、まだなにか足りない気がするんです。それがなんだか、自分でもわかればいいんですけれど……」シャルルーは溜め息をついた。
「今までだって、色々見つけてきたんだ。まだ足りないものがあるんなら、きっと見つけることができるはずだよ」和久にしては勇ましいことをいう。
「そうね、和久君の言う通りだわ。見つけましょう、わたし達で」和久の勇気が伝わったように、美奈子が言った。
「そうだな。おれは中途半端なことが大嫌いなんだ。探すぞ。そこらの家をすべて引っ繰り返してもな」と浩が意気込む。
「どうやら、あなたのすべてを見つけ出すことが、わたし達の使命らしいですね。探しましょう。きっと、どこかにあるはずですし、見つけることもできるでしょう」
浩が手の甲を前に突きだした。そこに美奈子が手を重ねる。ついで元之、最後に和久。
「シャルルーのために!」一同は声を合わせるのだった。
*次回のお話*
バナナの日