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14.喫茶すずらん

*前回までのお話*

緑がいじっていた公園の水道が止まらなくなってしまった。しかも、閉めることもできない。そこへ公園番のおじいさんがやって来て……。

ある日曜日の午後、

「美奈子、すずらんに行こうか」とおとうさんが言った。

 すずらんとは、近所にある喫茶店で、ときどき連れて行ってもらっていた。

「うん!」美奈子はそう元気よく返事をし、お気に入りの黄色いオーバーをはおる。

「今日もイチゴのパフェかい?」おとうさんが尋ねると、美奈子はちょっと考えてから、

「あたし、今日はコーヒーに挑戦してみることにするわ」ときっぱり言った。

「おいおい、コーヒーはちょっと早すぎやしないか? 第一、すごく苦くて飲めないぞ」おとうさんは笑いながら答えるのだった。

「砂糖を多めに入れればどうってことないわ。それに、コーヒーは大人の雰囲気がするでしょ?」美奈子は譲る気がないらしい。


 すずらんの扉を開けると、銅の鈴がカラン、カランと陽気に音を立てた。

「おや、旦那さんと美奈ちゃん、いらっしゃい」2人は、ここではすっかり顔なじみになっているのだった。

 2人は窓際の席に座り、

「本当にコーヒーでいいのかい?」とおとうさんに念を押される。

「うん、これがわたしのコーヒー・デビューになるんだわ。どんなに苦くたって、最後まで飲んでみせるから」

 そこでおとうさんはマスターに注文する。「ホット・ブレンドを2つください」

 マスターはちょっと首を捻って、

「おや、いつものイチゴ・パフェじゃないんだね」と聞き返してきた。

「美奈子が、どうしてもコーヒーを飲みたいんだそうだ」その口元には、ちょっぴり皮肉な笑いがこめられていた。

「それはそれは。砂糖はたっぷり入れたほうがいいよ」


 コーヒーが2杯運ばれてくる。おとうさんはまず、なにも入れずそのまま口にする。

 それを見て、美奈子も黙ってブラックを1口すすってみた。うわっ、にがい! それが美奈子の初コーヒーの味だった。しかし、意地があるので、できるだけ平静を装うのだった。

「どうだい? うまいか?」嫌みとも言えるような口調でおとうさんが言う。

「まあまあね。もっと苦いと思ってたけど」美奈子は負けじとそう言い返す。

「まあ、無理をするなって。砂糖は3杯入れるといいよ。そして、よくかき混ぜる」おとうさんが実際にそうして見せた。「それでもって、端からミルクを少しずつ流し込むんだ。どうだ、きれいな渦ができたろう」


 美奈子もおとうさんの真似をして、砂糖を3杯、そしてよくかき回すと、そっとミルクを垂らしていった。

 ミルクの渦は、まるで黒い海に輝く白い渦巻きのようだった。じっと見ていると、そのまま吸い込まれていきそうな気がする。

 そのうち、店の中に白い霧が漂い初め、だんだんと濃くなっていった。

 なんだろう、この霧は。店の奥でベーコンでも焼いているのかしら。でも、なんの匂いもしないし……。

 周囲を見渡しても、おとうさんもほかのお客さんもまるで気付いていないようだった。


 そのうち、辺りは霧でなにも見えなくなり、まるで白い闇の世界にでも来たようになった。

「ねえ、おとうさん……」そう呼んでみたが、返事がない。代わりに、遠くから鳥のさえずり、木の葉擦れの音が聞こえてくる。

 やがて霧が少しずつ収まってきて、周囲がだんだんと見えてきた。

 気がつくと、そこはどこか森の奥で、美奈子のテーブルだけが、ポツンと置かれているのだった。

「ここはどこかしら?」

 美奈子は立ち上がると、辺りを歩き回ってみる。少し離れたところに小さな泉が湧いていて、そのそばには頭に長い角を生やした真っ白な馬が佇んでいた。

 美奈子は怖れもなく近づいていくと、そのたてがみをそっとなでる。

「あなた、ユニコーンね。ラブタームーラでユニコーンを見たって聞いたことがないから、どうやらここはラブタームーラじゃないらしいわね」


 ユニコーンは一声いななくと、そのまましゃがみ込んだ。まるで、美奈子に乗ってくれといわんばかりに。

「あら、あたしを乗せてくれるの?」美奈子はユニコーンに跨がる。ユニコーンは再び立ち上がり、森の中へと歩いていった。

 森はどこまでも深く、それでいて、梢から日が差し、快く明るいのだった。

「あたしをどこへ連れて行くの?」美奈子が聞くと、ユニコーンは軽くいななく。どこかへ連れて行こうとしているのは間違いないようだった。ポコポコ足音を立てながら、ユニコーンはゆっくりと歩いていく。


 赤い木のこの上にはレプリコーンが座って、こちらを見ている。空高くを大きな翼を広げ、ドラゴンが飛んでいくのが見えた。

「まるでおとぎの国にでも来たみたいだわ」美奈子はつぶやいた。

 向こうの木の枝を素早く走って行くのは、火氷トカゲに違いなかった。一方で火の粉を散らし、それをもう一方が消していくのだ。どちらかに触れない限り、害のない生き物だった。

 チョウチョかと思ったら、どれも人間の姿をしている。ああ、あれがエルフなんだな、と美奈子は納得した。

 それにしてもトロルの醜い姿ときたら! ただ座ってぼーっとしているだけだが、イボだらけの顔に黄色い乱ぐい歯。あんなのに襲ってこられたら腰が引けてしまう。

 それとも、ユニコーンに乗っているから襲われないのだろうか。


 やがて、美奈子の見たことがある風景にたどり着く。

「まあっ、ここって星降り湖だわ!」思い出の小道も博物館へ通じる脇道もなかったが、それ以外は何もかも星降り湖にそっくりだった。

 ユニコーンは星降り湖の縁で大きくいななくと、そっと湖へ入っていった。

「ちょっと、ちょっと。そのまま行ったら溺れちゃうじゃないのよっ」美奈子は慌てた。しかし、ユニコーンは足を止めず、どんどん入っていく。

 不思議なことに、水が美奈子の足に触れても、まったく濡れたという感触がない。

 ついに、ユニコーンは体ごと水の中に沈んでいった。それでも息ができるし、どこもぬれていない。

「おかしなこともあるものだわ。前に星降り湖に来たときは、たしかに本物の水がたたえていたのに」


 星降り湖は意外と深かった。ユニコーンは力をすっかり抜いて、そのまま沈んでいく。

 底の方には金銀の輝きが見えてくる。ここ星降り湖には、毎年星が降るのだ。その名残だった。

 ユニコーンがすっかり地に足を付けると、辺りは手の広大の玉がたくさん転がっていた。これが流れ星の正体だ。

 たいそう美しいものだが、地上へ持ち出した途端、まるで夢か幻のように消えてしまう。そういうものなのである。


 ユニコーンは湖底をトコトコと歩き始めた。やがて岩壁に行き着き、その後ろ足で蹴る。

 すると、ぼろっと穴が空いて洞窟が現れた。ユニコーンはそこへ入っていく。

 初め暗かったが、それもほんの数分で、しばらくすると金色のまぶしい光が差し込んできた。

「出口なのね」と美奈子は言った。


 出口を出ると、そこは一面タンポポの野原で、遠くには小さな小屋が見えた。

 ユニコーンはその小屋の前まで行くと、美奈子をおろすため、ゆっくりとしゃがみ込む。

 ユニコーンから下りた美奈子は小屋へ近づいていき、ドアをノックする。

 しかし、留守らしく、誰も出てこない。そこで思い切ってドアを開けてみた。

 中は1部屋きりで、まるで子供部屋のように見える。実際、おもちゃや子供用の服が掛けられていた。

 そこで美奈子はピンときた。

「どこまでも続くタンポポの野原、そうだ、ここは緑の住んでいた世界に違いない。案外近いところにあったんだわ。でも、星降り湖をあんなに深く潜っていくなんて、とてもできっこないし、やっぱり緑はうちで暮らすべきなんだわ」


 そのうち、そらが灰色に変わってきた。それと同時に、灰色の霧が漂い初め、だんだん濃くなって、しまいにはなにも見えなくなってしまう。


「……美奈子、美奈子ってば」おとうさんの呼ぶ声がする。ハッと顔を上げて、

「なに、おとうさん?」

「いつまでコーヒーを見てるつもり? 冷めてしまうよ」気がつけば、そこはもとの喫茶店だった。

「ミルクの渦巻きを見ていたら、なんだか見とれちゃって」そういってごまかす。

 少し冷めたコーヒーは、ちょっぴり苦かったけれど、甘くて確かに大人の味がした。


 それにしても、あれは夢だったのだろうか。本当に星降り湖の底に、緑の住んでいた世界が繋がっているのだろうか。

 なんであれ、それを調べることはできなかった。緑だって、別に自分の世界へ帰りたいとは言っていないし……。

 それに、あの小屋。もし緑の家だったとしても、たった1人で住んでいたんだなあ、きっと寂しかったはずである。絶対、いまの方が幸せに決まっている。そうだ、そのはずだ。

 美奈子は、そう自分に言い聞かせるのだった。

*次回のお話*

15.学芸会

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