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12.北32番のブロンズ

*前回までのお話*

露天商で買った何の変哲もない箱。中には自分の欲しいものが入っているという。けれど、これがどうしても開かない。

 例によって、タンポポ団は見晴らしの塔の噴水広場に集まっていた。

「ナナイロサウルスの骨は、どこかにひっそりと隠されているのではなく、誰かの心の中に置かれているのですよ」元之がそう言った。

「誰かの心の中? そんなんじゃ見つかりっこないぜ」と浩がぶつくさ言う。

「誰かって言っても、それは特別な誰かなんじゃない? きっと、意味があるはずだもん」美奈子が浩に反発する。

「そうなんですよ、美奈ちゃん。わたしもそれを考えていたところです。図書館では頭の骨、音楽会では胸の骨。どちらも、もともとそれを作った人間がいますよね? きっと、彼らとナナイロサウルスとの関係があるはずなのです。もしも、誰でもいいから心の中に宿ったとなると、これはもう、探しようがありませんよ」


「それって、どんな関係があるのかなぁ。ぼくにはどうしても結びつかないや」和久は頭を掻いた。

「今のところ、見当もつきませんね。どうです、みなさん。夏休みに入ったことだし、今夜辺り、またナナイロサウルスのシャルルーに会いにいってみませんか? なにかヒントをくれるかもしれませんよ」

「いいわ。今夜もどうせ暑いんでしょうし、夜はエアコンを付けるのを禁止されているから、涼みがてらに出かけましょう」と美奈子。

「おれも行くぜ。どうせ、真夜中までマンガを読んでゴロゴロしているだけだからな」浩も賛成した。

「じゃあ、ぼくも……」和久は、まるでみんなの付き添いのようにそう答えた。

「ぼくもナナイロサウルスを見てみたい」緑が言ったが、これは全員一致で却下された。

「あんたは起きていられないでしょ? それに、昼間、博物館に見にいったじゃないの」

 緑に限ってそれはなかったが、仮にダダをこねたとしても、実際、夜の10時前にベッドに入ってしまうのだ。こればかりはどうしようもない。


 深夜、博物館に近づいていくと、フルートの音色にも似た歌声が聞こえてきた。

「あれは……」元之が耳を澄ます。「どうやら、シャルルーが歌っているようですね。それにしても、なんて美しい声なんでしょう」

「それに、あれってぼくらが音楽会で歌った歌だよね」和久も、歌に合わせて首を振る。

「あの歌はずっと昔からラブタームーラに伝わる曲だったわよね。民謡といってもいいくらい」

「そうです。誰が作ったのかも、いつ作られたのかも知れないいにしえの歌です。シャルルーは少なくとも1億年眠っていたのですから、それよりも前には存在していましたね。考えてみれば不思議なことです」


 博物館の門の前では、ナナイロサウルスの幽霊が、つきに向かって喉を震わせていた。4人が来たことに気付くと歌をやめ、

「今晩は。いい夜ですね」とあいさつしてきた。彼女の声は不思議なことに、タンポポ団の4人にしか聞こえないのだった。たぶん、さっきの歌声もほかの人間には聞こえなかったことだろう。

「あなた方がわたしの胸の骨を取り戻してくれたことはすぐにわかったわ。だって、また前のように歌えるようになったんですもの」

「こんばんは、シャルルー」元之も言い返す。「ところで、あなたの残りの骨はなんでしょうか?」

 シャルルーはじっと足元を見つめ、「わたしに欠けているのは右足の人差し指だわ。以前は岩や木を彫って、色々な物を作るのが好きだったのだけれど、もうそんな気持ちが湧いてこないの。きっと、あんな器用だった指先がなくなってしまったからだわ」

「なるほど、次は指先を探せばいいんだな」浩がうなずく。


「ところで、あなたにお聞きしたいことがあるのですが」元之がそう尋ねると、シャルルーは顔をすうっと寄せてきた。

「なんですの?」

「あなたは、この1億年もの眠りについている間、夢の中で何かを失くしたという覚えはありませんか?」

「何か? さあ、なんでしょう。わたしの骨は鳥や獣が持っていってしまったのだし――」

「いいえ、違いますよ、シャルルー。あなたの骨は、夢に同化して人の心に入り込んでしまったんです」元之はきっぱりと言った。

「まあ、そんなことが」

「それも感覚に関わる何かです。1つ目は声でしたね。次に歌。3番目は、今あなたがおっしゃったように、何かを創る心です。あなたは、眠っているうちにそれらを誰かに分け与えてしまったのです」

「そうだったんですか。言われてみれば、そんな気がしないでもありません」シャルルーは考えるように首をうなだれた。


「ただ、それを誰に渡してしまったのか、なんとなくでもかまいませんから覚えていませんか? わたしには、誰でも適当な人に渡したとは思えないのです」

「誰かに……ですか?」シャルルーは首を持ち上げて、じっと考え始めた。

「ええ、きっと何か関連する相手です。きっと、それが手がかりなのだと思うのですよ」

「そういえば」シャルルーは再び頭を下げ、元之の顔をじっと見つめる。「わたしは夢の中で語っていました。それへ旅の詩人が通り、わたしを見て『なんて美しい生き物だ』と言ってくれました。わたしはそのお礼に何かをあげた気がします」

「それですよ!」周りの者がびっくりするような声を元之が出した。「あなたはその時、『言葉』をあげてしまったのですね。それで話ができなくなったのです。その『言葉』はやがて本に書かれ、そこに埋め込まれたのでしょう」

「じゃあ、歌もそうなの?」美奈子が聞いた。

「きっとそうでしょう。作曲家がシャルルーに歌をもらい、そうして創ったのがラブタームーラの民謡なのです。わたし達だけが見つけられるのは、わたし達がシャルルーそのものを発見したからに違いありません」

 なるほど、元之の説には筋が通っている。誰もが納得するのだった。


「じゃあ、次はなに?」和久が元之に聞いた。

「彫刻か何かでしょう。となると、探す場所は限定されましたね」

「どこ?」美奈子は尋ねた。

「もちろん、思い出の小路ですよ。あそこには彫刻がたくさんありますよね」

「うんざりするほどなっ」浩が鼻を鳴らす。「見晴らしの塔から北と南に別れていて、だいたい10メートル感覚にあるんだ。あれを全部探すとなると大変だぞ」

「でも、そうするよりほかないわ。それに、シャルルーが通ったのは北だから、南ってことはないわ。これだけで半分になったじゃないの」

「とにかく、今ここで話していても仕方のないことです。明日、みんなで1つずつ探すとしましょう」

 4人が解散すると、再びシャルルーの歌声が響いてきた。優しく、夢見るような美しさだった。

 翌日、タンポポ団は見晴らしの塔へと集まった。ここは思い出の小路のちょうど中間点で、ここから北と南に別れているのだった。

「じゃあ、北に向かってしゅっぱーつ!」美奈子が元気いっぱいに掛け声をかける。その後を浩、元之、和久、それから緑がついてくる。

「シャルルーはきっと、彫刻家に右の指先をあげちゃったんだね」和久が言う。

「まあ、正確に言えば、彫刻を創るための心をあげてしまったのですがね」元之がそう訂正する。

「ねえ、元兄ちゃん、シャルルーはなんでそんなことをしたの?」何も知らない緑はそう聞いた。

「シャルルーはね、夢を見ていたんです。そこを通り過ぎた何人もの芸術家に『美しいね』と言われて、ついうれしくなってしまったんでしょうね。それで、なにかお礼をしなくてはならないと思い、感性を次々にあげてしまったんですよ」

「カンセイってなに?」

「緑君も感じるでしょう? 花が美しいとかいい香りがするとか。そういった気持ちですよ」


 10メートルごとに並ぶブロンズには、プレートがついていた。「北3番・空へ舞うアゲハチョウ」などのように。

「そもそも、どんな形のを探がしゃあいいんだ?」探しもしないうちから浩が文句を垂れる。

「手分けして探すしかないわね。とにかく、わたし達が触れば元の骨が現れるはずなんだから」と美奈子は答える。

 そこで、5人はそれぞれ別れて、順にブロンズに触れていった。

 ブロンズには色々な形が合って、実物をモデルにしたもの、抽象的な形のもの、意味がわかりそうでわからないものなど、多種にわたった。

 美奈子が「北12番・一差し指」を見つけたときは、これだっ! と歓喜した。人間の人差し指が、天を指している、ただそれだけのものだった。

 しかし、美奈子がどんなに触れても、それは虹色をしたナナイロサウルスの骨にはならなかった。

「なんだ、がっかり。絶対、これだと思ったんだけどなあ。だいたいが紛らわしいのよ、こんな形になんか創っちゃって」しまいには八つ当たりをする始末。


 とうとう博物館の脇道までやって来てしまった。あのときシャルルーはここを曲がって博物館へと帰っていったのだった。思い出の小路はこの先もまだまだ続いているが、少なくともこれ以上向こうにはないことになる。

「引き返しましょうか。どうやら、わたし達が見逃したブロンズがあるのかもしれません」元之がそう言い、一同はそれぞれに溜め息をついて、元来た道を南へと戻っていった。

 それぞれ、プレートの番号とタイトルをよくよく見ながらも、ブロンズの形を見極めては触っていった。

 浩は「北38番・尖った棒」が怪しいと睨んだ。「尖った」とは爪のことではないのだろうか。試しに触れてみたが、やはりなんの変哲もないただのブロンズだった。


 その時、元之が「北32番・アパトサウルス」というブロンズを見つけた。一瞬、はてなと思ったが、そういえばこれもクビナガリュウだ。もしかしたら関係があるかもしれない。

 少なくとも、さっきは彼自身、触っていなかった。もしかしたら、誰も触っていなかったとしたら?

 元之は唾を飲み込むと、「北32番」の像に触れてみた――が、何も起こらなかった。

「今度こそと思ったのですが……」じっと見つめているうち、はたと考えが浮かぶ。最初にナナイロサウルスの骨を手に入れたのは元之自身だった。次は美奈子である。

 もしかしたら……、

「美奈ちゃん、ちょっと来てもらえますか?」元之は急いで美奈子を呼んだ。なによ、という顔で美奈子がやって来る。「このブロンズには触りましたか?」

「ええ、あたしがさわったわ。でも、なんにもならなかった」美奈子は肩をすくめる。

 逆に元之は、やはり! と心を躍らせるのだった。

「浩君、このブロンズに触ってみてください」

「なんだよ、別にいいけどさあ」浩が「北32番・アパトサウルス」に触れた途端、それは虹色の光を発し、指の骨が出現した。「うわっ、なんだ?! ってか、元之、なんでわかった?」

「やはりそうでしたか。1度骨を手に入れた者は、もう手することはないのですよ。あとは和久君が見つけなくてはなりません。さあて、どこにあるのやら……」

*次回のお話*

13.開きすぎた蛇口

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