表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/19

11.開かない箱

*前回のお話*

和久が縁側でくつろいでいると、庭先に咲くヒマワリがぐるぐると回り出し、気がついたら一面のヒマワリ畑に来ていた。

 学校の帰り、美奈子はいつも通る小路で露天商を見かけた。

「こんなところで商売なんかして、儲かるのかしら」内心、そう思う。人通りもほとんどないし、犬の子1匹すら通らない。

 黒いビロードの上には大小様々な、そして品物も様々なものが置かれている。リスの縫いぐるみだったり、古い本だったり、あるいはゼンマイ仕掛けの自動車だったりと、まるで整然としていない。

「ねえ、おじさん、こんなところで売れるの?」思わず美奈子は声をかけていた。

 奥に座ってタバコをくわえているのは、頭の禿げ上がった60歳くらいの小男だった。古びたジャンパーを着込んで、まるで自分までが売り物のようにじっと動かない。

「そうだなあ、必要だと思うやつらには売れるさ。連中は、自分が必要だと思うものの匂いを嗅ぎつけてくるんだな。ふらっとやって来ては、欲しいと思ったものを買っていくよ」男はそう言うと、タバコの灰をポン、とたたき落とした。


 美奈子はそれが自分のことを言われているような気がして、いつの間にかしゃがんで商品を眺めていた。

 中ほどに、青い箱に入った何かを見つける。

「これはなあに?」箱を手にすると、中でカラカラと音がした。

「それかい? それは中にその人の欲しいものが入っているのさ。もっとも、それ自体が仕掛け箱になっていて、簡単には開けられないがね」

「まあ、パズルなのね。面白そう。これ、おいくら?」美奈子は自分でもなぜかわからないほど興味をそそられた。

「1000円、と言いたいところだが、そんなもの誰も買いやしないからな、300円でいいよ」

「ほんと? なら、買う。300円よねっ?」美奈子はポケットから財布を取り出すと、100円玉3枚を取り出して渡した。

「まいどありい。でも、お嬢ちゃんに開けられるかな。そいつは中々難しい仕掛けになってるんだ。ま、せいぜい頑張ってみるがいいさ」

 この言葉が美奈子をますます発憤させた。ならば、意地でも開けてやろうじゃないの、と。


 さっそく家に持って帰ると、箱を開けてみた。中には箱根で売っていそうな寄せ木細工が入っていた。

「見るからに簡単そうじゃないの」美奈子はクスッと笑って寄せ木細工をいじり始めた。

 しかし、からくりは動くものの柄が移動していくばかりで、さっぱり開く気配がない。

「うーん、あのおじさんの言う通り、これは確かに難しいわ」

 5分が経ち、10分、15分と健闘してみるが、まったく開かない。

「これって、本当に開くんでしょうねっ」だんだんイライラしてきた美奈子が声を荒げる。そばでずっと見ていた緑が不安そうに美奈子を見上げる。

「どうしたの、おねえちゃん?」

「それがね、へんなパズルを買わされちゃったんだけど、どうしても開かないのよ。そうだ、緑。あんた、ちょっとやってみなさいよ。あんたって、ときどき不思議なことをしでかすじゃない。もしかしして、あっさり開いちゃったりして」そう言って、箱を緑に渡した。

 緑は戸惑いながらも、箱をいじくり回す。大好きなお姉ちゃんのために、一生懸命になるが、箱は頑として開かない。


 その時、外から聞き慣れた大きな声がする。

「おおーい、美奈子いるか。今日の宿題のことなんだが、ちょっと教えてくれよー」浩だ。しかも、「ちょっと教えてくれ」どころか、結局は全部聞いていくのだった。

「まったく、こっちはそれどころじゃないっていうのに」そうぶつぶつ言いながら立ち上がると、2階の窓を開ける。そこで、はっと思い返した。美奈子は、浩のことをばかだけど直感に優れている、と思っていた。もしかしたら、浩になら開けられるかも。

「いいわー、上がってらっしゃい」美奈子はそう言い返した。


ほどなく、ドタドタと足音を立てながら浩が美奈子達の部屋に入ってきた。

「今日の宿題、はんぱじゃなく難しいよな。最初から最後まで、全部わからねえときたもんだ」ほら、やっぱり全部聞くつもりだったんじゃないの、と美奈子は思った。

「その前に、ちょっとやってもらいたいことがあるの」美奈子は寄せ木細工を浩の前につきだした。

「な、なんだよ、これ」と浩。

「開けてみて」美奈子は、やや挑戦的に言った。

「これをか? 開けりゃあ、いいんだな」浩はあっちを押したり、こっちを引いたりしながら箱をこね回していたが、そのうち腹が立ってきたと見え、力一杯捻ったり、引っ張ったりし出した。

「こいつ、本当に開くのかよ。ぜんぜん、びくともしねえぞ」ついに浩が根を上げた。

「あーあ、やっぱり直感だけじゃ無理かぁ」美奈子はがっくりと肩を落とす。


「なあ、美奈。こういうのはよ、元之に任せりゃあいいんだ。あいつはパズルにかけちゃ天才だろ? ものの10秒もかからねえ間に開けてくれるぞ」

 美奈子の頭にパッと閃いた。そうだ、元之がいたっけ。あの人は浩なんかと違い頭がいいから、きっと開けてくれるに違いないわ。

「そうよ、元君よ。あの人ならばっちりだわ」美奈子が箱を持って立ち上がるのを見て、浩は慌てた。

「おいおい、おれの宿題はどうなるんだっ」

「うるさいわね。後で、ちゃんと見てあげるわよ。それより、元君のところへ行きましょう。あの人にこの箱を開けてもらうの。なんとしてでもねっ」


 元之の家は美奈子の家のすぐ裏だった。美奈子は焦る指でチャイムを鳴らす。

 程なくして、元之本人がスリッパのまま現れた。

「おやおや、皆さんお揃いでどうしました?」きょとんとした顔で元之が尋ねる。

「ねえ、元君、ちょっと頼みがあるの」美奈子はポケットから箱を取り出す。「このパズルなんだけど、開けてもらえるかしら?」

「まあ、ここじゃなんですから、中へお入りください」そこで、美奈子、浩、緑は元之の部屋の居間へと入っていった。

「あらあら、今日はお客さんがいっぱいね。でも、この時間にケーキ屋やお菓子は夕飯が入らなくなるから、みんな、ミルクティーでいいわね?」元之のおかあさんが気を利かしてくれる。


「ええと、パズルでしたね?」さっそく元之が話題を振ってきた。「自慢じゃありませんが、わたしにこれまで解けなかったパズルはありませんよ」

「うん、元君なら開けてくれると思うわ。じゃあ、さっそくお願いね」美奈子は元之に箱を渡した。

「ほう、箱根の寄せ木細工ですね。この手のものは、見た目よりもずっと簡単なんですよ。いいですか、見ていてくださいね」

 元之の指先は、まるで魔術師のように素早く動く。この分なら、あっと言う間に箱が開くだろう、だれもがそう信じて疑わなかった。 

 ところが、どうしたことだろうか。さっきからいっこうにフタが開く様子がないのだ。

「これは……」元之の顔に焦りの色が見えてきた。

 やがて手を止め、箱を美奈子に返す。

「どうしたの? 開けてくれるんじゃなかったの」

「いやはや、まいりました。わたしも一生懸命やってみたのですが、まるで歯が立ちませんでした。降参します」

 これには一同、唖然とするばかりだった。この元之にさえ開けられないとなると、もうほかに手段は残されていない。


 帰り道、美奈子は箱の中に何が入っているのか気になって仕方なかった。いっそ、道具を使って壊し、中身を取り出してしまおうか。

 その後ろを浩と緑が手をつないでついてくる。浩はこの後、美奈子に宿題を教えてもらわなくてはならないのだった。

「元之兄ちゃん、いつもはすごいの?」と緑が聞く。

「ああ、すっげーえんだぜ。どんな難しいパズルでも、あっと言う間に解いちまうのさ。それが、今日に限ってどうしちまったんだ、あいつ。よっぽど調子が悪かったのか、それとも箱が特別すぎたのか……」

「ねえ、浩。宿題の解き方を教えてあげようと思ったんだけど、もうこんな時間でしょう? わたし、先に終わらせちゃうから、それ写していっていいよ。あ、3、4問はわざと違った答えを書いておいた方がいいわ。そうじゃないと、写したのまるわかりだから」


 美奈子の部屋に戻ると、退屈になった緑がテレビを付ける。ちょうどアニメを放送しているところだった。

 美奈子はノートを取り出すと、今日出された宿題に向かった。ふだんから真面目に黒板に向かっていれば、そう難しい問題ではなかった。

 それを、式ごと必至に写していく浩。美奈子の忠告に従い、途中、わざと間違えた答えを書くことも忘れなかった。

 一方、テレビでは、アリババが盗賊の隠れ家を観察していて、「開け、ゴマ!」と叫んでいるところだった。岩戸は呪文に従い音を立てて開き、中には金銀財宝が積み上げられているのだった。


 何気なく聞いていた美奈子は、始め気にしていなかったが、

「まさかね……」そう言い、寄せ木細工を手に取った。

 押しても引いても開かなかったこの箱は、もしかしたら呪文で開くのではないだろうか?

 美奈子は試しにこう言ってみた。

「ひらけっ、ゴマ!」

 すると、寄せ木が次々と動き出し、ついにパカッとフタが開いた。中を覗き込むと、ハートの形をした銀色のネックレスが入っている。

「わあっ、これ欲しいと思ってたんだ。それにしてにも、まさかあんなふうにして開けるなんて――」

 いくら元之がパズルの天才だとしても、とうてい思いつくはずもなかったろう。

 むしろ、不思議なのは緑の方だった。あまりにもタイミングがよすぎるのだ。

「やっぱり、よその国から来た子だから、不思議な力を持っているのかしら」美奈子は心の中でつぶやいた。


美奈子は、さっそくネックレスをつけてみた。胸の辺りで銀色のハートがキラキラと輝いている。純銀かしら? 別にそうじゃなくてもかまわないわ。こんなにきれいなんだもの。

 それを見て、浩が思わずからかう。

「こういうの、馬子にも衣装って言うんだろ? うんうん、確かにそのとの通りだなっ」

「なんですってぇ? 宿題の残り、もう教えてやらないよっ」

「ははぁ、それだけはお許しを~」浩が土下座の真似をするので、美奈子も緑も、思わず笑い出してしまった。

*次回のお話*

12.北32番のブロンズ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ