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ようこそ、あやかし相談所。  作者: 藤水蒼人
1/1

時の止まった街②

『ー……慎司、ここにはね、キワミさんがいて、私たちの願いを叶えてくれるのよ』


『きわみさん、がいるの?』


『そうよ。みんなはね、【神様】って呼んでるけどね。お母さん、小さい頃キワミさんにあったことがあるの』


『母さん、きわみさんに、あったことあるの?』


『ええ。それで名前を訊ねたら、キワミだっていうものだから、いまでもそのまーんま。キワミさんはね、私たちが努力すれば、願い事をなんでも叶えてくれるのよ』


『…じゃあ僕、お願いする!母さんの病気が治りますようにって!お手伝いも、いーっぱい、するからね!』


『…ふふ、ありがとう、慎司』


桜が舞い散る中、見かけたあの懐かしい姿と、それによく似た幼子。

あの幸せそうな笑顔に、心奪われてしまった自分を何度も責めたてた。


そんな記憶の断片から目を覚まし、街を見つめる。


白い霧に包まれた町並みとは対照的に、空は漆黒の闇に染められ星ひとつ見ることができない。

まるですべてが石でできているように、暖かさがここには微塵も感じられなかった。


口笛を吹く。あの人の機嫌のいい日は、いつもこうやってメロディーを奏でていた。


あ、今日はうまくいった。

きれいな響きが、町中に届けられる。


「…頑張れよ、慎司」


風が、時が止まったはずの境内を走り抜けた。



「…なんなんだよ、これ」

カーテンを開けて見えたのはいつもの見慣れた景色ではなく、昔の写真のようにモノクロな町並み。

そんな中、目を引いたのは神社の鳥居。朱色がじんわりと目に染みた。

「ふっざけんなよ。まじで、こ、こんなっ…!」


自分が願ったのは、こんなことじゃない。

もっと人が願うような、ささいなことを考えていたはずなのに。


どうしてこんな、取り返しのつかないようなことにー…。


「堪能しました?」


振り返ると、おどおどしていた先ほどの狐の少年がぴょこん、ととびだしてきた。

そのいかにもほのぼのとした雰囲気に苛立ちを覚え、歯軋りをする。

 こんな状況で、なに笑ってやがるこいつっ…。

「堪能したのならほらっ、行きますよっ」


ぴょこんぴょこんとゲームのキャラのように跳ねながら俺を外へ誘導しようとする。

行くって、どこへだよ。こんな状況であっけらかんとして、意味わからん。


「行くって、どこにだよ?っつか、お前には関係ねーだろ」

「関係大アリですよ!だって僕は、慎司さんの『ご親友』ですから!」


それ絶対関係ねーだろ!?と思いつつ怒りに任せて思い切り枕を投げつけた。ぼふっと鈍い音がして少年に命中する。


「…ふっざけんなよ…!俺が、俺が友達いないからって、そんな変な理屈通用すると思ってんのか!?だいたい、お前どこの誰だよ!不法侵入で通報することだってできんだからな!?」


一気に心の中をぶちまけると少しスッキリし、そのまま少年に背を向ける。きっと後ろでは傷ついた顔をしているのだろう少年の紅い瞳を、これ以上は見ていられなかった。

世界の汚れた部分を一度も見たことの無いような、あの澄んだ瞳をこれ以上みたらおかしくなりそうだった。


「どっか行けよ、早く………!」


絞り出すように、声を出した。


「…じゃあ、どうするんですか?このままだと時が止まったままですよ?」

「…っ!う、うるさい!いっそこのまま時が止まってれば学校にも行かなくてすむし!どうせ友達いないなら一人で居ても変わらないー…」


「っそうじゃない!!!」


凛とした大きな声が、部屋に響く。思わず振り向くと慎司は目を見開いた。

苦しそうに涙を流す少年がいた。他人事なのに。妖怪だから関係無いのに。


………『友達になる』っていう仕事な、だけなのに。


「どんな存在も、隣に誰かがいなきゃ生きていけないんです!寂しくなくても、気づかなくても!そばには誰かが守ってくれてるんです!その存在を否定してしまったら、生きづらくなってしまいますよ!」


支えてくれる人?そんなこと、考えたこともなかった。

激しい口調なのに、なぜか心にストン、と自然に入り込んでくる。


「甘えてください!頼ってください!一人じゃなにもできない上等!甘えた分、誰かを助けてください!

…その前に、頼ってください!」


「友達でしょ!?」


ぐっと胸が詰まったような感覚に襲われる。話す人がいない。笑い合う仲間がいない。

辛かったにもかかわらず、誰かに甘えようとせず独りよがりをしていたのは自分だ。


『甘えた分、誰かを助けてください!』


自分も、支えになれるだろうか。

助けてあげられるだろうか。


こんな自分でも、幸せになっていいのだろうか。


「…ハ、ハハ」


「いいのか、俺でも。頑張って、幸せになって、いいのか?」

それを聞いた少年は目を細め、歯をみせて、嬉しそうに答えた。


「もっちろんっ!」


「…そうか」

つられてふふ、と笑う。それにつられてまた少年も笑う。

笑い合うだけで、ここまで幸せだとは。さっそく願いがかなってしまった。

…けどここからは、自分の力でやるしかない。幸せとの、等価交換だ。

勇気を出して、声を搾り出せ。目を見て、伝えるんだ。


「頼みが、ある」


「俺と、友達になってくれないか?」


少年が驚いたように目を見開く。と思ったらうれしそうに顔をほころばせた。

いきなり且つ勢いよく、大きな跳躍をした。そのまま慎司に抱きつくようにぶつかる。


「ぐぼぁ!?」

「慎司さん!慎司さん慎司さん!うへへへっ、慎司さーん!」

ブンブンと尻尾を振る。顔をお腹に擦り付けてくる。まるで、犬だ。

先程の真剣な感じはどこへ行った。とまた笑いがこみ上げてくる。


「………あーーーーーーーッ!!?」

「びゃっ!!?し、慎司さん、なんですかいきなり!?」


そうだ思い出した。どうしてこんな大事なことを忘れていたんだ。友達だぞ!?めっちゃ大事だぞ!?


「名前だよ!な、ま、え!」

「な、名前ぇ……?」

「そう!お前の名前だよ!一切聞いてねえぞ!?」

「いまさらな感じしますけど、そうですね」

からからと少し呆れたように声をだした少年は、慎司に首を傾げつつ問う。

「ていうか、別にいいんじゃないですか?慎司さん、お前。で」

「良い訳ないだろっ!」

「え、なんか意外ですね?けっこう慎司さんそういうのドライそうなんですけども」

「あたりまえだろ。初めて出来た友達にそんなぞんざいな扱いできるかアホ」


真面目な顔でいう慎司に、少年はそういうものか、と頷いた。

名前教えろなんて、初めてだ。と嬉しさを心の奥に隠したまま。


「僕の、名前はー……」



3

「さあ行きますよ、慎司さん!」

「お、おう。というか知ってんのか?『田中さん』って人がいる場所」

「知りませんよおそんな事」

「おい」

だから、と少年は続けた。

「情報屋さんに、頼みましょうか!」

そう言うと少年は窓から外に飛び出した。それを見た慎司は苦笑いをしながらその姿を追いかける。


時を進めよう。自分と未来を、変えるために。


「ちょっと待てよ、『(さち)』!」


幸せを呼び込んだ友人の名を呼ぶ。

時が止まった街に、一瞬風が流れた。




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