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A②.例え、人間を捨ててでも俺はアニメを見る

 今から5年前のことだ、

 著作権法の改正

 海賊盤防止法案の成立、

 移民法成立による、移民の大量流入、治安の著しい悪化、日本人資産家の海外逃亡、

 出版不況による相次ぐ出版社の倒産、

 アニメの製作会社はほとんどが海外に、拠点を移すことになり

 アニメの公共良俗への悪影響を訴える団体たちが、台頭……日本政府による海賊版データを排除するためのウェブの監視、さらに衛星や街の至る所に取り付けられた監視カメラからDVDやBD、HDD、SDメモリ等のデータをハッキングするシステム……etc……etc


 勿論、それら全てが国民の猛反発を産んだ。しかし、当時中国や韓国と半ば戦争状態にあった日本は、それらの全てを「緊急事態」ということで、強引に推し進めた。

 いろいろな理由が折重なって、日本では、新しいアニメが放送することはなくなり、複雑化した著作権のせいで、過去のアニメ作品は見れなくなった。


 あの時、失ったアニメの数々、それらを取り戻すためには俺は「裏アニメ市場」に手を出した。

 プリンセス・チュチュの名前が出た瞬間、オッサンは一瞬呆けていたが、すぐに状況を察したようだ。冷や汗をダラダラと流し始めた。

 あの手の女の子が主人公のキッズアニメは、公共の良俗に反しているとか何とかで、真っ先に押収された(小さい女の子が扇情的な格好をしているシーンが多いからだそうである)。プリンセス・チュチュはまだ裏アニメ市場には出回ってすらいない。現市場に出回れば、その値段はゆうに一千万は超えるだろう。

 そして、もう一つ言えば、コイツは公務員をしている。それがアニメのデータを持っていたとなれば失職は免れない。


「いや……しかし、それは困る! アレは、法改正の時処分しそこなっただけのもので……あれを金庫から出したら衛星に掴まれる! そしたら私は今の仕事を続けられなくなってしまう」

「へえー、おっさん今から殺されるかもしれないのにさ、明日の仕事の心配してる場合じゃねえんじゃねえの?」

「なー、キッタさん。アレやろうぜ。アレ。拷問するんだろ、拷問」


 俺は釣り針とメガネを差し出した。ジョジョを知っているのか、それを見て、オッさんの顔がみるみる青ざめていった。


「おっほ、いいねえ。ミスタがズッケェロにやったヤツね。まぶたに釣り針ぶっ沙して、目ん玉をメガネで集光して焼く」

「キッタさん、俺やりますよ、目ん玉メガネで焼く」

「じゃあ、俺後ろでギャングダンス踊ってっから」

「ひー! マジかよ!? ギャングダンスも再現っすか。 渋い、シビーわー、全くオタク渋いぜ」


 青い顔で震えるオッサンの横で俺たちは釣り針とメガネを片手にゲラゲラ笑っていた。

 こういう多くを語らずに通じ合えるのって最高だと思う。こういう時、楽しいんだよな。


「お前らおかしいよ! たかがアニメに……」


 先ほどまで震えていたオッサンが突如顔を真赤にして叫んだ。狭いガレージに「たかがアニメ」という言葉が重く、深く響き渡った。

 一瞬の間を、置いた後キッタさんはおもむろに、サングラスをゆっくりと外した。


「ひ……その顔は……」


 キッタさんが、サングラスを外すと、そこには顔がない。赤と黄色の配信に、大きな黒いレンズ。キッタさんは、アニメを見るために、なんとサイボーグになっているのだ。脳みそにそのままハードディスクつんで、そこからアニメを見ているらしいが……まあ、俺もさすがにこれは「キッタさん、アホだな」って思ってる。


「俺たちはな、アニメのために全て捨ててんだよ、親も兄弟も、恋人も! 自分すら!プリンセス・チュチュのBD画質のためだったら、てめえなんざ100回殺していいと思ってるよ。たかがアニメ? てめえこそ、たかが、オッサンの癖に、ゴチャゴチャ言ってんじゃねえよ!」

「……ヒヒヒヒ、ッククク」


 キッタさんが、オッサンの頭をサッカーボールみたいに、何度も蹴りあげるのを見ながら、俺は福本漫画の悪役みたいな笑い声を漏らした。


 そうだ、俺達はアニメ一本見るためだけに、人1人を拉致して、挙句ボコボコにリンチする。とても正気の沙汰ではない。マジでウケる。


「そりゃ、オッサンの言うことはもっともなんだけど……プリンセス・チュチュ見てえしな」


 静かにつぶやいてから、俺はガレージの隅に立てかけておいた巨大な「アレ」を持ち上げ、静かにオッサンに向けた。


 カシュン!


「ぐうああアああああ!」


 気の抜けた空を切る音と、ガレージ全体に響き渡る大きな悲鳴、


 オッサンが足を押さえてヒイヒイ言っている。足には長い矢が一本突き立てられていた。


「スゴイっしょ? 俺のカラドボルグ」

「けっ、型月大好きかよ、おめえは」


 カラドボルグは俺の必殺武器の一つ。全長一メートル、フルカーボン製で、滑車で矢をセットして、糸の反動で打ち出す……まあ、ようするに大きめのボーガンだ。友人にこういうのが得意な奴がいて作ってもらった。ちゃんとカラドボルグっぽく見えるように、青と金色でカラーリングもしてくれたし。


「殺すなよ、ムカつくオッサンだが、プリンセス・チュチュの場所を吐いてもらわないと」

「キッタさん、そいつサツに垂れ込んでますよ」


 痛みで足を抑えるオッサンを無理矢理にひっくり返してやる。彼の手の中には、小さな携帯電話、それもスマートフォンじゃない、旧式の携帯電話が転がっていた。さっき急に強気になったから、妙だと思ったら案の定。こんなものを隠し持っていたわけだ。


「クソが! もういい! てめえの嫁と娘も殺す。娘は殺したあとキョンシーのコスプレさせて、リアルレイレイにして遊ぶからな」

「な……頼む、妻と娘には、手を出さないでくれ! 頼む!」

「まあ、まあ。今はそれよりも早くここから逃げるのが先決ですよ」


 車の荷台にカラドボルグを放り込む。すぐにここには警察がやってくるだろう。逃げ切れるかどうかを考えると……正直楽しくて仕方がなかった。


 泣きべそをかいて地面に転がっているオッサンに、俺は笑いかけた。


「オッさん、これからポリスどもとカーチェイスだよ。カウボーイビバップかコブラか、俺達は今アニメの世界にいるんだぜ? どうだい? 楽しいだろう?」


 キッタさんに縛られ、助手席に放り込まれたオッサンは力なく俺に言い返す。


「コブラっつうより、カイジか闇金ウシジマくんみたいだと俺は思うよ……」


 オッサンのその言葉が妙におかしくて、俺はガレージの外に響くほど、大笑いをした。頭のてっぺんから、爪の先までドーパミンが行き渡るのを確認してから、俺は運転席へ行き、アクセルを思い切り踏みこんだ。


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