06
桜井美幸には情報通な従兄がいる。母の兄の子供で、桜井より五つ年上だった。名は田栗武司といい、桜井は武司よりすぐれた外見のものを見たことがなかった。また、武司以上に、数少ない資料からものごとを洞察することができるものを、他に知らない。
武司は、従弟の十五才の誕生日に物ではなく情報をくれた。
田栗家での親戚一同をかいしての集まり以外では、顔をあわせないふたりだった。武司は容姿や才能を賞賛されるのが面倒なのか、隠者のように暮らしている。桜井へのプレゼントもメールでだった。
いつもどおり、セキュリティ解除の暗号を打ちこんで内容に目をとおす。
『美幸くんへ
誕生日おめでとう。誕生パーティに顔をださなくてすまない。そのかわりにおもしろい情報を君にあげよう。君がことあるごとに語っては、周囲に笑われていたささやかな夢だけれど、その夢をかなえてくれそうな相手を、ぼくはどうやら発見したらしい。相手に警戒されてはいけないから深く調査はしていない。
じらすのはやめよう。ぼくが気づいたのは、かつて女性が使用していた通称ナプキンのうごきだ。それを主力としていた会社は倒産し、流通もとまった品物だ。だが、ほんのささやかな動きがあった。ひとつは女性の生きていた証をもとめるマニアのもので、もうひとつは女性に酷似している容姿が売りのタレント、もうひとつは、元産婦人科医が手にいれていた。
その医者には君の一つ上になる孫がいる。
年齢的にも彼、いや彼女が使用するのだろう。外見上からは男性ホルモンが優位のようだが、そうであるからこそ生きていられたのだとおもう。医学会でも、両性体の可能性はささやかれていた。両性であっても十五年前は女性とみなされ死んでいったものだが、この子は生きている。世の中に適応してできた女性性の形なのかもしれない。本人がオープンにしてくれない以上、研究するわけにはいかないが興味深いね。
ぼくの他に気づくものがないよう形跡は消しておいた。知るものがすくないほど、彼女は安全だろう。彼女の祖父が孫のことを発表しない気持はよくわかる。
彼女の住所と画像を添付しておく。
この情報でうごくも良し、うごかないも良し、ぼくとしては美幸くんが彼女をどう口説くかが知りたいけれどね。うごくとしたら重々注意することだ。
それでは不明な点はまた聞いてきてくれ。夢が叶うといいね。応援している。』
読み終えたあとおもった。
(――両性……そうか、両性って手があったか!)
添付の画像をひらいて孫を見たが、まあ、こんなもんだよね……とぐらいしか桜井はおもわなかった。
情報社会とうたわれてひさしい。しかしそれをしんに活用できるものは少ない。武司はその名ではなく存在として、知られている。もしその情報を高額で買い取っているクライアントが武司の、二十代を踏み出した若さか、それともその美貌にか、よりどちらに驚くのだろうかと桜井はおもう。
武司からの情報である。
(うごいてみる価値はあるよね)
かれは忠実な側近ひとりにだけ、この武司からの情報をおしえ、進学予定高校を変更した。
剣持の左手はかすかに震えていた。
「女性は――子供を生む、道具じゃないぞ……そんなのは試験管だけで十分だろう、お前のそれは、その性にたいして侮辱してるんじゃないのか……」
桜井は虚を突かれた顔をした。
(え?)
おもわず手がのびて、剣持の腕をつかんだ。血の気をなくしている剣持は、その手からのがれようと身をよじった。逃げる体を、桜井は抱きしめた。
接触されるのを嫌がっている、ということなど頭からはじけ飛んでいた。
男の本能で、捕まえておきたかった。
「は、離せっ」
「ぼくはそんな――侮辱なんて……そうじゃなくて」
胴着から汗のにおいがする。桜井の抱きしめた腕で感じるのは、若い男性の体だ。もし、もし剣持始が両性で、妊娠できる可能性があると知らなければ惹かれただろうか? 同性の恋人をもつ感覚で、子孫のことは関係なく、剣持始を選んだだろうか?
桜井が見上げると、剣持はおびえた目をしていた。
(あ……)
手をのばし剣持の首をとらえ、背伸びもして、桜井はふっくらして「キスしたくなる」といわれる自身の唇を、剣持の唇におしあてた。剣持の体が硬直したかとおもうと、猛烈に抵抗された。
「桜井、おれを、そんなにお前はバカにしてんのか」
「ち、ちがう、ちがいます! なんでそうなるんですか、ぼくは」
最初はたしかに剣持に近づいたのは「子供が生めるかもしれない」という存在だったからだ。桜井の夢は、「愛する女性」に「子供を生んでもらい」、「家庭をもうける」ことであるが、そもそも女性がいなくては愛するも、子供も、家庭もない、まずはその絶対条件が意識の先にたった。
剣持の不快感は、自分を無視した「性」だけの執着を、桜井に感じたからかもしれない。
「――もし剣持さんが子供を生みたくないのなら、それでもいいです…………」
ひきはがされそうになりながら、それでもしつこく剣持にしがみついていた桜井は、ふいにそういった。桜井の変化に、剣持は戸惑ったようにうごきをとめた。
「なんだかぼくは、他に女性がぼくの子を生んでくれたとしてもそこに剣持さんがいないと…………なんでだろ……すごくものたりない……」
おびえられると悲しい。
誰より守りたいとおもうけれど、この腕の中に捕えたい。
目の前の唇に触れたい――桜井は欲望のまま顔を近づけた。
剣持は自分の顔が赤くなるのを感じた。頬に手がおかれ引き寄せられる。それを避けようとした手は桜井につかまる。
「おい…………調子にの……」
語尾は飲みこまれた。下から引っ張られ上体が傾く。剣持はふっくらとした柔らかい唇に唇をおおわれた。




